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たまには厳しく・・・

 日曜日の公園の稽古は、矢嶋師範代と横浜同好会の主宰会員の二人は、北島師範に簡化24式太極拳の套路(型)の徹底指導をやってもらいました。

 どうして、そうしたか?と申しますと、二人とも指導する立場になっても、太極拳をきちんと覚えていなかったからです。

 私は、基本的に型というのは自分で本や映像を観ながら独修してもらえばいいと思っているので、あまり、こと細かく「指先がどうのこうの・・・」といったことは指導してきていません。

 そんな細かい動作に気を取られて、実戦に役立たない綺麗なだけの型名人になってもらいたくないという意味もあります。

 よって、テキトーに覚えてもらって熟練して内功が養われればそれでいいと思っていたからです。

 しかし、指導する側になった者が型もろくすっぽできないのでは問題ですし、そもそも、真剣に覚えようという気迫を感じないので、これはマズイ・・・と思った訳です。

 太極拳は行書・草書の武術です。楷書のようなきちっきちっとしたメリハリのある動きでは使えません。

 ですが、技の極まった瞬間には合理合法の形が現れねばなりません。

 率直に言えば、太極拳の楷書を知らない者が行書・草書の動きをやっても真価は発揮できない。つまり、“使えない”のです。

 それに、太極拳の動作は心法(意念)の運用が伴わねば形だけやっても意味がありません。

 私が懸念したのは、北島師範以外は、この太極拳の心法がまったく欠如してしまっているということだったのです。

 最初は型を分解して技の用法を教えれば型そのものも熟練するだろうと思っていたのですが、分解組手もまた形だけやっている始末で、まったく太極拳の戦闘理論を体現できていなかったのです。

 こんな魂の入っていない型しか演じられないのでは、ダメです。

 太極拳の演武をすれば、無念無想であっても自然にその人のキャラクターが浮かび上がってきます。

 オーラがぐわっと盛り上がるような演武をしてもらいたい。見た人達が「游心流の人達は凄いっ!」と唸ってしまうような演武をしてもらいたい。

 北島師範はそれができます。まるでラオウみたいに闘気が膨れ上がってきます。太極拳なのに必殺の気迫が満ちてきます。

 でも、矢嶋師範代も横浜同好会の主宰者も、なんか、テレテレーっと気迫の出ないラジオ体操みたいな太極拳しかできません。

 北島師範もイラついていました。

 矢嶋師範代は困惑しまくっていましたが、この日は敢えて、私も「下手糞過ぎる!」と厳しい評価を与えました。

 正直、一応の動作はそれなりに覚えていましたが、何年も太極拳やっている爺ちゃん婆ちゃんとドッコイドッコイでは話になりませんから、ここは厳しく、しっかり練習するように申し渡しておきました。

 矢嶋師範代は相当、ショックだったみたいでブログにも書いていましたが、このキツサを乗り越えれば、指導者としても成長できますからね。

 彼の場合、居合の方も、基本的な刀法がまだまだ熟練しておらず、東京支部でも居合をやりたいと言っていたんですが、「まだまだ、この程度では任せられない」と言っておきました。

 たとえ模擬刀でも強く当たったり先端が刺さったりすれば大怪我しかねません。

 刀を自分の手足のようにコントロールできなければ人の指導は無謀です。

「一応、毎日、百回素振りしています」と言っていたので、「それじゃ少ない。千回やりなさい!」とゲキを飛ばしておきましたよ。

 実際、千回二千回は当たり前で、万回を超すくらいやっても指導者なら普通でしょう。

 私もそのくらいやっていました。中学時代から、太い枝を削って作った木刀二本分以上くらいある振り棒を毎日、千回素振りするのを日課にしていましたよ。

 私の前腕が異様に太くなったのは、こういう練習をやっていたからです。

 居合の早抜きも二尺七寸の特製模擬刀を使って体育館で延々、千回くらいやっていましたが、それで鞘を割ってしまったこともあります。

 手裏剣の稽古を始めた頃も、一万回くらい夢中になって打ったりしていました。

 技の精度がどうこう論じる前に、未熟なうちは黙々と数稽古を重ねることも必要なのです。

 その上で、間違いを修正したり、無駄な力を抜いて腰(骨盤)から動くことを身体で覚えたりする訳です。

 今はそういう稽古はやりませんが、それは最もバランスのよい動きを感覚的に体得したからやらないだけなのであって、その感覚の無い人は、目一杯、身体をイジメて身体感覚を養成すべきなんですよ。

 無論、これは指導者レベルを目指す人だから要求していることであって、趣味道楽でやりたい人や軽く護身や健身に役立てたい人には強制しませんよ。

 しかし、師範、師範代と呼ばれる人間がそのレベルでやっていたら怠慢でしょう?

 キツサを潜り抜けて、真の柔らかい身法と心法を体得してもらいたいのです。

 それと、敢えて厳しくしたのは、自分の現在のレベルをきちんと認識できていないな~と思ったのもあります。

 できていないのにできる気でいる・・・というのは危険なのです。

 これは修行者にとって永遠の命題かもしれませんね。

 とにかく、目標は高く高く設定し、日々、進化する武術を游心流は目指します。

 居合は電光石火! 太極拳は悠然と、震脚発勁は山をも崩す勢いで、八卦掌法は巨龍が舞い踊るごとく・・・あらゆる武術をぶっちぎりで体現してもらいたい。

 その為には、私は時々、鬼になりますよぉっ!


追伸;相模経済新聞で『使える武術』(ちくま新書)が紹介してもらいました。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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