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日本刀バカ一代・・・?

 一応、筑摩さんの本の印税が出たので、溜まってる刀の支払いに横浜名刀会に行ってきました。

 とは言っても全額払ってしまうと生活費まで無くなりそうなので、残りの半分くらい支払いましたが、こんな無茶が通用するのも紹介してくれたSさんのお陰だよな~とシミジミ。Sさん、元気にしてますか?

 それでも、ある程度、まとまった額を支払うと気分的にもスッキリするもので、社長さんが見せてくれる最近入った刀を持たせてもらったりするのが無上の愉しみです。

 この日は、30~50万円台の脇差もいろいろ見せてもらったんですが、ごつくて鉈みたいなのもあれば、薄刃の平造りのものや、皆焼(ひたつら)刃の華やかなものもあり、それぞれ特徴があって、どれか一つだけ気に入るという具合にはならないですね~。

 もっとも、大概の日本人って、日本刀や鉄砲に過剰な嫌悪感を持ったりするみたいですよね?

 私は、正反対の性格で、武器を見るとフラフラ~ッと近づいていってしまう。

 鉄の造形物の中で、日本刀や鉄砲というのは生命を奪う力を持つからこそ、逆に生命力を感じさせるのです。

 もっとも戦争嫌いなので、好きなのは個人兵器まで。戦闘機や戦車なんかにはあんまり興味がわかないんですね(興味あっても持てないけど)。

 特に私が日本人で先祖が侍だったからなのか、日本刀に対する愛着は自分でもコントロールしがたいくらいです。アメリカ人だったら鉄砲集めまくってたでしょう。

 青木先生と親しくさせてもらうようになって、刀談義に興じたりしているからか、最近、日本刀もブランドに拘る気持ちが出てきました。

 以前は、試し斬りできるような安物でいいと思っていたんですが、名のある刀工が魂を込めて打った作品が、やっぱりいいな~と思うようになってきました。

 これは、以前の私が、武術に機能性しか求めていなかったからだったのかもしれませんね。

 古刀が大好きだったのも、古刀が実戦向きだと言われていたからですが、どうも、そうとばかりは言えないと思うようになりました。良い刀はいつの時代でもありますし、古刀だって数打ち物だとナマクラです。

 斬鉄剣で有名になった小林康弘刀工以外にも、現代刀工の作品で古刀の斬れ味を凌ぐような刀はありますし、現代刀の美しさは古名刀を超えつつあると思いますよ。


 もちろん、そんな刀も「貧乏だから、良いと思っても買えなかった」というだけの話なんですが、文筆業が順調になるに従って、経済的にも少し余裕が出てきたので、“自分御褒美”に、ちょっとずつランクの高い刀を買うようになってきた次第です。

 今回は、「支払いが全部済むまで新しいのは我慢しよう」と思っていたんですけれど、刀というのは縁があるんでしょうね~。

 丁度、現代刀工で有名な延壽宣次(谷川盛吉の息子で平成10年に50歳で病没)の刀が入っていて、注文主の名前が銘に入っているのでエッ?と耳を疑うような激安で売ってもらえるとのこと・・・ムム~・・・。

 元の持ち主が居合道に使っていたらしく、刀身が擦れて刃文や肌の映りが悪いので、研ぎ直して拵えも作って売る予定だったそうなのですが、私は拵えは自分で作れますから、金かけて売り物にして中々売れないよりは、まあ、常連の私に安く売ってあげようという御厚意みたいです。

 谷川盛吉と言えば、私でも知っている現代刀工の最高の栄誉である無鑑査となり、あの源清麿風を得意とした人で、私の郷里で親父が八代高校の校長を勤めていた関係でしばらく住んでいた八代の刀工でした(平成2年没)。

 延壽宣次も、相州伝上位作、清麿を目指して八代で作刀に励まれ、薫山賞二回、寒山賞二回、優秀賞、奨励賞、努力賞などを受賞されていたそうです。

 そういえば、昔、甲野善紀氏の道場に通っていた頃、氏の愛刀は熊本県八代郡千丁町の刀工が打ったもの・・・と聞いた記憶があるのですが、裕福な家に生まれて働かずとも生活できた甲野氏が注文打ちを依頼したとしても不思議ではありませんね。

 そんな事柄が瞬間的に脳裏を駆け巡り、「普通だったら俺の経済力じゃ手が出ない刀だもんな~。もう亡くなられているから後から注文したくてもできないし・・・確かにこれは縁かもしれないな~」と思って、「買わせていただきます」と、頭金を支払い、翌日、引き取ってきました。

 この刀、居合道に使うには長寸で二尺五寸程ありますが、樋が掻いてあって重ねは厚くて身幅もあるのに重量は軽く、確かに拵えを作って研ぎ直したら200~300万は下らないだろうと思われます。

 昭和58年の作らしく、宣次刀工がまだ30代の覇気に満ちた頃の作品で、自信作だったんでしょうね。銘に、「偲清麿 延壽宣次造之」と切っていて、入魂作だったことがうかがえます。

 私も40代後半になったから解りますが、20代の頃は夢はあっても未熟で、40代は経験を重ねた分、仕事はこなせますが、気迫があって活力に満ちて仕事できるのは30代ですよね。

 清麿と言えば、四谷正宗の異名を取る幕末の天才刀工として、現在、日本刀の完成者とされる正宗をも上回る人気のある人物ですが、大酒呑みで若くして死んでいます。

 宣次刀工もまた大酒呑みで若くして亡くなられたらしく、そこもまた清麿と似ているように思えます。

 ちなみに、延壽系は、鎌倉時代から続く肥後の刀鍛冶一門で、菊地千本槍で有名。子連れ狼で有名になった同田貫の一門も延壽系です。

 また、筑前の金剛兵衛(こんごうひょうえ)系も谷川盛吉に伝わっていますが、宣次刀工は延壽の後継者を名乗ったようです。

 肥後熊本に連綿と伝えられた刀の伝統を受け継ぐ一振りを手に入れたというのも、細川家の末裔伝説を持つ天草・長野家の人間としては、これまた不思議な気持ちがします。


 それにしても、日本刀に対する世間の評価が、もうちょっと良くなってくれないものかな~?と思いますね。刀剣ブームは深く静かに続いて、“刀剣女子”なんてのも現れているというのに・・・。

 刃物工芸の中で世界中の研究家が口を揃えて“日本刀が世界一”だと断言している。

 そりゃあ、機能としてのナイフは様々な最新の合金素材で日進月歩し続けていますが、美術品としての日本刀に匹敵するものはないですよ。

 海外の刀剣は鋳造が多いし、有名なナイフメイカーの作品を観ても、やっぱり日本刀と比べると比較対象にはなりません。

 もし、私が20代だったら、本気で刀工を志していたでしょう。田舎に土地はあるし。

 でも、今は武術の研究をライフワークとしているので、とても刀工修行ができる余裕はありませんし、ナイフメイキングを趣味でやるのが関の山だと思います。

 それでも、武術の研究の過程で日本刀の研究に行き着いたのは、大きな成果でした。

 本当に、日本刀が解らない限り、日本武術の理合は絶対に解明できない! これは声を大にして言いたいところです。

 そして、日本刀を怖がったり毛嫌いする日本人は、日本人としてのアイデンティティーを失いかかっているんだと私は言いたい。

 日本には、嫁入り道具として“守り刀”を持たせる伝統がありました。

 明治以降、多くの刀工が、生活のために包丁や鎌、鍬などの農具を鍛える鍛冶になりましたが、それだからこそ、日本の野鍛冶が異様な高い技能を持つ遠因になりました。

 本来の武器は、人を傷つけ殺したり、脅したりするためのものじゃありません。

 人を傷つけ殺し、脅す者から守るための道具なのです。

“用心棒”という言葉がありますが、あれは元々、強盗などが侵入してきた時の“用心”として手頃な“棍棒”を屋内に置いていたことが語源なのです。

 強さを誇ったり、武術の技をちらつかせて人を威嚇したりするような人間はクズ。そんなクズが武術家や武道家を私称する現代日本は、恥知らずが跋扈する国になり果ててしまいました。

 武器というのは自らの誇りの象徴です。だから、他人に見せつけて脅しつければ、単なる“凶器”となり果てて、自らの誇り無き“狂気”を露呈してしまいます。

 やはり、武術修行というのは、そんな自身の心の中の邪念を滅するつもりでやらないと、知らず知らずに狂気に陥ってしまうもの。

 少なからず、そうなっていく人を見ました。一種の愉快犯みたいなもので、そんな人に共通するのは、厳しく自分の在り方を見つめようとする意識が無いことです。何でもかんでも他人のせいにして自分は悪くないと言い張る感謝の心を失った愚か者が、そうなっていくのです。

 なので、自分のことしか考えない、甘い考え、弱い心の人はやらぬが花でしょうね。

 面白い、楽しい・・・という意識だけで武術を学べば、いずれ精神が病んでいくんですよ。そうならないためには、「気の緩みが死亡事故に繋がる」という峻厳な認識を持ち続けることです。

 日本刀は、ちょっと掠っただけで命を奪う力があります。

 だからこそ、気の緩みは厳禁であり、集中力と周囲への注意力が養成できます。つまり、心法を磨く最上の利器なのです。

 戦闘術を修練しながら自身の精神も磨くことができる。ここが、日本武術の極意たる所以であり、修行する価値がある理由なのです。

 武器でありつつ人間の霊性(この場合、精神エネルギーとでも認識してください)修行の神器である・・・というのが“日本刀の正体”なのだと私は理解しています。

 だから、木刀、模擬刀ではなく、ある程度以上の武術修行者は是非とも真剣を入手して欲しいと思います。

 ただし、子供さんがいる御家庭のお父さんは控えておいた方がいいかもしれません。何年か前にライフルを掃除したまま席を外したら子供が遊んで暴発事故で子供が死んだ事件もありました。

 分別のつかない子供の手の届く範囲に置いてはいけませんからね。これは刃物類全般にも言えることです。

 けれども、ある程度の年齢になったら、むしろ、積極的に刃物の扱い方を教えるべきでしょうね。臭い物に蓋の態度を取るから、扱い方もぞんざいになってしまう。

 鉛筆も削れない。料理もできない。細工もできない・・・これじゃ困りますよ。


追伸;ゴング格闘技の吉田豪さんの連載中で、吉田さんも小島一志さんの「謝罪したい」メールを受けたけれども無視したということを書かれていました。確かに、あんな人を脅迫するようなことをやらかしておいて、小学生じゃあるまいし、「ごめんなさい」で済む問題でもないでしょうよ。出版業界も狭い業界ですから色々と噂が耳に入ってくるのですが、やはり、と言うか、当然と言うか、私が推察した通り、小島さんは本の企画がなかなか通らない上に、仲間だった人達がどんどん離れて孤立して困っているようだと聞きました。そりゃあ、出版社に脅しかけたりすれば、ブラックリストに載って問題人物だと噂が広まり仕事をスポイルされるのも当たり前。私がそういう情報を知らないと思っていたら大間違い。武道の専門出版社でない会社から続けて本を出しているということは、業界事情にも通じていると考えるべきですよ。具体的に知ってること書かないのも告訴された時の準備だからなんですね。奥の手は晒したら意味がないでしょ? 知能犯を気取っても自分で証拠残しまくってますからね。天に唾すれば自分にかかるだけ。自業自得と解っているのなら、黙って別の業種で一から出直すことが賢明な選択だと思いますけどね。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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