コンテントヘッダー

常識って生活の知恵ですよ

 私みたいに普通に大学卒業して就職してサラリーマンになって・・・みたいな人生を“歩んできていない人間”にとっては、「常識がない」と周囲の顰蹙を買う確率が高くなってしまいがちです。

 なので、これまでいろいろと常識を弁えない行動でトラブルに見舞われたこともありまして、「こりゃあ、ヤバイな~」と思って、トラブルを避ける意味でも、なるべく常識的に振る舞えるように注意するようになりました。

 ところが、武術の業界というのは、マニア気質の人間の巣窟みたいなところがあって、そもそも自分が非常識であるという認識そのものが欠如していたりする人も多くて、更に、自身の非常識さを逆に持ち味として演出したりする人もいたりするんですね。

 例えば、武術研究“者”と名乗っている甲野善紀氏なんて、「常識を疑え!」というのをキャッチフレーズにしているくらいなんですが、「居酒屋の畳ひっぺがして手裏剣打ってみせたり、喫茶店でポン刀抜いたり、高校生に突き付けたりするお前には、そもそも常識なんかカケラも無いじゃん?(嘘だ~と思った方は、本人に聞いてみてくださいね)」と、ブラックジョークを全身全霊で体現して生きている希有な人で、あまりの非常識さに感覚が麻痺してきて、なんか段々、立派な人に思えてきてしまう?くらいです。

 が、無論、甲野氏のような浮世離れした人が普通の社会生活なんか絶対にできない訳で、「貴方はお金持ちのボンボンに生まれてきて良かったね~」というだけの話で、ビタ一文、一般庶民の参考にはなりませんっ!

 そして、そんな人間を見習って常識を疑って行動していたらどうなるか? はっきり言って周囲に多大な迷惑をかけるだけです。見習っちゃ、ダメ。絶対!

 過日、忍者の苦無(クナイ)を製造販売していた人が、改正銃刀法の両刃のナイフ禁止の規定違反で捕まったというニュースがありました。

 これなんて、忍者の武器を製造販売するというマニア狙いの商売でナイフメイカーが考えたんでしょうが、秋葉原のダガーナイフ殺傷事件で両刃の刃物が禁止になったことを知らなかったとしたら、あまりにも社会情勢に疎いと言わざるを得ません。

 また、つい先日も飼い猫が空気銃で撃たれた事件がありました。

 空気銃は、エアライフル射撃か狩猟用かのどちらかで使われますが、もちろん、資格制で免許を取らないと所持できませんし、免許があってもプラ製のBB弾を飛ばすエアガンやガスガンと違って、射撃場か狩猟場でしか撃てません。

 猫から摘出された弾丸は、口径5.5mmのジェット弾と呼ばれる鉛のツヅミ弾だそうですが、これは狩猟に使われる弾で、標的射撃だと4.5mmが多かった筈です。

 当然、口径が大きい方が弾丸の質量が大きいので威力も高い(同じ速度で撃ち出された場合)。紙の標的に穴を穿つだけの威力があればいいのと、小動物に致命傷を与えられる威力が必要なものとの違いです。

 私は新宿にあった(最近は閉鎖されたと聞きます)エアライフル射撃場でファインベルクバウのサイドレバー・スプリング式エアライフルは撃ったことありますが、狩猟用だとポンプ式か炭酸ガスのガス圧で弾丸を飛ばすガス式が主流だと聞きます。

 もちろん、玩具のエアガン、ガスガンとは威力が格段に違いますし、弾丸も金属製なので、人間でも急所に当たれば死ぬ場合があるとされます。

 狩猟に使うくらいだから、動物を撃ってみたくなったんでしょうが、撃たれた猫を見るとミケ猫で目がクリクリッとして凄く可愛い猫で、猫好きとしては腹が立ちましたよ。

 とか言いながら、私も昔、田舎で猫飼ってた頃に、うちの猫はメスで可愛いかったので近所のドラ猫がいっぱい寄ってきて、毎日のように喧嘩ばっかりしていた(やたらに闘争本能の強い猫だった)ので、おもちゃのエアガン(当時はBSバッファローという組み立て式のスプリングエアガンを愛用)でドラ猫撃って加勢してましたけどね。

 もっとも、当時のは威力が弱くてテルテル坊主みたいな軟質プラスチックのツヅミ弾がヘロヘロ~ッと放物線描いて飛んで、3m先くらいで、かろうじて当たる・・・というレベルだったので、ギリギリで当たらない距離で余裕かましてるブタ猫なんかもいました。

 高校の頃に、タカトクのSSオートマグというハンドガン形式のエアガンを買ったら、これがBSガンとはダンチの威力で、たまげた記憶があります。2~3倍の威力はあったでしょうね。それまで余裕かましていたブタ猫の横っ腹にビシッと弾が当たって、ブロック塀からおっこちそうになって、慌てて逃げていった時は、うちの猫も調子乗って追いかけてましたけど・・・。

 その後、浪人時代から大学時代にかけて私のGunマニアっぷりも最盛期を迎えた訳ですが、上京してきてからは武術にのめり込んでGun熱は多少、冷めましたけどね。

 余談ですが、その後、エアガン、ガスガンは命中率も連射性能も比較にならないくらい高まってサバイバルゲームの流行と共に普及しましたが、ホームレス狩りなんかに使う社会的事件の発生と、過剰な改造パワーアップ(装薬銃並の威力)で死者まで出るに及んで威力規制も法制化されて今に至っています。

 けれども、マニア気質というのは、いくら歳とっても薄れないものなのかもしれない。

 私自身、精神年齢は中学生レベルだし、知識と知恵がついたから大人のフリしてるけど、エアガン集めていたのが真剣を集めるようになっただけかもしれません・・・。


 以前、うちの会にいた人で、近所の駐車場でバール振って鍛えていると稽古熱心さを自慢していた人もいましたけれど、不審人物視されるような真似を戸外で平然とやれる神経は、それだけでもうOUTなんですよね。

 この人、超マイペースで、練習後で喫茶店でお喋りしていた時に、おもむろに足の指の爪をパチンパチンと爪切りで切り出した時は、“あ~、この人は本当に周囲の人への配慮が全然できないんだな~”と呆れて、以後、注意する気すら起きなくなりました。

 先日も、会員と話している時に、「なんで、あんな礼儀知らずな人を入会させていたのか不思議です」と言われて、「なんで入会を許可したのか、俺も不思議・・・」と答えたくらいでした。

 まあ、その当時は非常識さを“面白い”と思って寛容に許せていたんですが・・・。

 本人も私に習っている気なんか無かったんでしょうね。技のコツを教えても、自分なりのやり方でしかやろうとしませんでしたから、もう、怒る気力もわかなかったですね。

 無礼さを咎めずに、きつく叱らなかった私も指導者として悪いから、一方的に彼を悪く言うつもりはありません。が、今は反省して、私の指示に従わない者は即刻、辞めてもらうことに決めています。

 対等に扱うのは相手のためにならないとはっきり判ったので、「俺に習う以上は俺のやり方に文句つけるな。嫌なら来るな」という基本姿勢は自分の中で持っていなくてはならないんだと認識しています。

 ケジメを教えるのも武術指導の範疇でしょう。


 とかく、武術好きには常識が欠けた人が多いものです。しかしながら、まったく武術に触れたことがない人の場合でも、勘違いしている人もいます。

 武術に限らず、習い事をする時は、その分野の専門家である指導者と、初心者である自分とは同列ではありません。会の中での序列というものは暗黙の了解として厳然としてある訳ですから、対等な立場で学ぼうという民主的な考え方はしちゃいけません。

 これは伝統的な道徳の範疇なのです。

 過日、相模経済新聞の記者の方とお喋りしていた時に、「(会員の)皆さんが長野さんを尊敬しているように凄く礼儀正しくしているのが面白かったですよ」と言われていたので、「そりゃあ、弟子が師匠を敬うのは当たり前でしょ~」と笑って言いましたが、普段の私の様子とギャップがあるように感じられたんでしょうね。

 いや、確かに数年前だと会員と私は友達感覚だったんですが、それが良くないと解ったので、今はある程度、師匠ヅラするようになったんですね。

 やっぱり、人に武術を教えるのに技だけ体得させればいいというものではないです。同時に武術を学ぶということの意味と覚悟、心構えなんかも教えていかなくちゃいけないと痛感しています。

 つまり、実践哲学として生活も生き方さえも武術を基準の軸としていく・・・それでこそ武術修行が生き方を支えることになっていきます。

 正直いって、武術やっている人には、何かっていうと、暴力をちらつかせて相手を恫喝しようとするチンピラ並の精神構造の人も多いものです。

 また、弱い癖に、やたらに人を挑発したがる阿呆も多い。弱い上に自己顕示欲だけ異常に肥大しているんだから、何か社会的な事件を起こさなければいいけどな~と、祈るばかりですよ。

 結局、武道や武術に“強さ”を求めている人間は劣等感が過剰なんですよ。優越感に浸りたい。自分が特別な卓越した人間でないと不安で仕方がない。それだけの話です。

 私自身も、そういう劣等感から武術を始めたから、よく解ります。必要以上に謙遜してしまうのも、「俺は本当はムチャクチャ強いよ」とアピールしたがる気持ちがあるのを抑制しようとする結果かもしれません。

「俺は強いっ!」って何の衒いもなく言えたら気持ちいいかもしれませんけどね。でも、殴り合いの強さを自慢したがるのはヤンキーくらいしかいませんよ。

 どうも、私はあまりにもいろんなこと研究し過ぎてしまったせいか、どんどんエスカレートして考えてしまうんですよ。

 武道や格闘技の技術論を楽しめる人達がうらやましいです(あ~、上から目線だな~)。
 私は、拳より剣、剣より銃、銃より爆弾、爆弾より・・・と、どんどん考えてしまうし、実際、材料と工具があれば銃でも爆弾でも自作できる知識と技能もありますからね。だから、北朝鮮や中国が日本に進攻してきた場合でもゲリラ戦闘やれると思ってて、それゆえに国としての戦争には反対している訳です。

 私は、個人としての戦闘能力も無い人間が右よりの思想を唱えて戦争を肯定するようなことを言うのに許し難い怒りを感じるんです。だって、無責任でしょう? 命が危ない時に他人に守ってもらおうなんて申し訳なくてできませんよ。

 例えば、田中泯さんなんて暴力からは逃げると言われていましたけど、家族や弟子をほうり出して逃げるなんて絶対、しないと思いますよ。そういう気概を感じます。

 そもそも、私は人の言葉は信用していません。綺麗事ばっかり言う人はむしろ胡散臭く感じます。やっぱり、その人の本質は生き方とか行動に現れますよね。

 だからこそ、武道・武術を熱心にやっている人は、それ以上にいろんな本を読んで教養を身につけるべきだと思います。でないと精神と肉体のバランスが取れなくなります。

 立派な刀を打っても、綺麗に研ぎ上げて、きちんとした拵えを作って納めないと危ないだけでしょ?

 技を磨くことは誰でもやるけれど、自分が学ぶ武術の歴史や背景を調べる人は十人に一人もいないんですよ。

 技を一撃必殺に仕上げようと考えても、その技を相手に使ったらどうなるか?ということを全然考えない人ばっかり・・・。

 これじゃ~、ダメですね。武術について学べば学ぶほど、単に肉体を鍛えるものじゃないという真相が解ってきます。

 本質的には生き方について学ぶものなんですよ。戦時には戦時の、平時には平時の、より良い対応力を磨くのが武術なんですよ。

 だから、常識を弁えるのも武術修行者の心得だと私は思いますね。

 ここ最近、TVや書店で、雑学とかいろんな情報を扱う番組や本が増えているな~と思うんですが、これは、それだけいろんな情報を得ておかないと危険だという時代の空気があるからなんじゃないか?と私は思います。

 無論、その情報の真偽を判別して自分の生き方に役立てられる者が勝ち、生き残っていける・・・という前提が隠れているからなんだと思うんですが・・・。

 そんな理論武装がブームになっている時代だからこそ、武術も必要性があるのかもしれないですね。


関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索