FC2ブログ
コンテントヘッダー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

7月セミナー“読みと目付け”感想

 月例セミナー7月は「読みと目付け」。過日、アスペクトさんで出した『武術の読み』に関連する内容でした。

 毎年、この“読み”と“目付け”に関しては、游心流の・・・と言うよりも、“武術の究極奥義”としての察知術に繋がる最も重要で、尚且つ、“人間の潜在能力開発にも繋がっていく秘伝中の極秘伝”の基本メカニズムを公開するものとして、特別な位置付けでやってきています。

 そういうこちらの意識も参加者に理解されてきた様子で、他の回とはちょっと違った受け止め方をされている様子です。

 今年も、30人を越える申し込みがあり、いつもより少し多い人数で会場が手狭になりました。

 前月の「軸の操作による合気」の中でも、目付けのやり方を少し解説していて、常連の方は「これは読みに繋がるのでは?」と気づかれていたみたいなんですが、正しくその通りでして、読みの基本になる目付けのやり方の一例として軸の観察法を解説していた訳です。

武術の読み』を出して以降、思った通り、いろいろな武道・武術関係者が“読み”について言及するようになってきていますが、“目付け”に関しては、具体的だからこそ知らないことは言及できませんから、その人の研究程度が明確に判ります。

 私は本の中では多数紹介してはいますが、具体的なやり方については実はわざと省いています。何故なら、それによって、本当に理解している人と知ったかぶりしている人を判別できるように先手を打っておいたからです。

 実際に、目付けに関しては、そんなに研究している人はいないみたいだな~と思われました。

 私が初めて目付けのやり方を教わった時は、身体の五カ所を観察することだけを教わりました。その時は先生と私二人だけで、それこそ秘伝を伝授するような雰囲気でした。

 思えば、たったそれだけの事柄を17年間も研究してきてイッパシの武術研究家として本やDVDを出してセミナーで指導したりするようにまでなったのですから、人生というのはどんな縁でどういう方向に進んでいくのか、到底わかりませんね。

 経験則からすると、肩の動き・目の動き・胴体の回転・・・くらいのことは気づいている熟練者はいるものですが、「姿勢や構えから次に動き出す箇所を読み取る」という点を言及している人はほとんどいません。

 武友・中村晴一先生から教えていただいた漫画『ツマヌダ格闘街』の中では、この目付けに関する解説が何度かあって、「ふ~む・・・この作者、ただ者じゃないのぅ~」とか思ってたんですが、「アレッ? 何か、これって俺の本とかDVDとか見てる? これは俺以外は誰も言ってないと思うけどな~?」とか思って苦笑したりしてたんですが、「参考資料とかで書いてくれたら私も売上が上がって助かるんだけどな~」と楽しんで読んでいます。

 自分としても、小説や漫画・アニメ・映画・ドラマなんかに自分が研究した武術の知識が反映してもらえると嬉しいですし、将来的にはそういう分野に進出していこうと、現在こっそり修行中なんですが、クリエイターの方がネタとして使いたい場合には協力は惜しまないつもりでいますから、気軽に声かけてもらいたいですね(別に金よこせとは言いませんよ。“協力・長野峻也”って書き添えてくれれば、私の本やDVDが売れて間接的にお金が入るでしょ? 金は天下の回りものですよ)。

“読み”に関しては、躾道館の小林直樹先生、日子流体術の田中光四郎先生、賢友流空手道の友寄隆一郎先生、そして新体道・剣武天真流の青木宏之先生という大家の諸先生方に出会えたからこそであり、私は単に編集者として紹介解説しているに過ぎません。

 しかし、私が間違ったことを広めれば、大家の先生方の名誉に泥を塗ることになりかねません。

 責任重大ですよね。


 さて、昨年のセミナーの時は、目付けを一般的に応用できるように基本から教えようとしたところ、逆に武道的に用いるのに皆さん、苦労していました。

「やっぱり、これは難しいかな~? なんか、もっと上手い教え方はないかな~?」と思って一年間を過ごしましたが、その研究成果が本に反映されたんですね。

 本を書いたことで整理できたんですよ。そして、さらにその先まで研究は日々進展していっています。

 それで、今回は、最初から“構えている相手の先を取って制圧する目付けのやり方”を解説指導しました。

 つまり、いきなり応用実践編から教えた訳です。

「フルコンタクト空手だとこう構えるから、こう動く。だから、ここをこうすると何もできなくなります」とか、「形意拳はこう構える。だからこうすると・・・」という具合に、構えることによって出せる技が限定されてくるので、それを逆利用して相手の技を封じていくやり方を指導した訳です。

 この応用の目付けのやり方は、游心流の会員の中だけでここ2年くらい研究してきたものなんですが、うちの場合は他流経験者が多いから、こういう研究もやりやすかった訳なんですよね。

 伝統空手・フルコン空手・ボクシング・キックボクシング・レスリング・合気道・剣道・中国拳法・・・と、いろんな戦闘スタイルを研究して構えと姿勢から技を封殺していくやり方を研究してきました。

 いくら強くても、その強さを発揮するためには攻防の仕組み(人体の動くメカニズム)がありますから、その仕組みの“配線”をプチッと切ってやれば何もできなくなるんですよ。

 例えば、相手の片腕を掴んでおいて、相手の突き蹴りを出せなくする方法を指導しましたが、これなんか全然説明しなかったら魔法のように思われるでょう。でも、極めて簡単なことなんですよ。何しろ、今までこんなことやったことなかったのに、教えている時に原理が閃いたんですね。まっ、もったいないから説明しません。

 人間だもの。弱点はいくらでもありますよ。

 誰もが「強い弱い」でしか考えないからダメなんですよ。もっと分析しなきゃ~。

 どうやったら勝てるのか?って相手の技とか癖とか分析したりしないんだもんな~。努力の向け所を間違ってるんですよ。自分のことばかり考えてる。相手を知らなきゃダメ。

 武術の“術”というのは、相手の弱点を観破ってそこだけ攻撃する“戦術”のことなんです。相手とまともに勝負して強さを競うのではなく、「強い相手は弱くすればいいじゃん」という小学生が思いつきそうな考え方。トンチが効いてるでしょ?

 正々堂々と戦うのが武道ならば、武術は戦う以上はどんな卑劣卑怯な真似も厭わず必ず敵を抹殺するという覚悟を決めるものです。正しく冥府魔道に生きるのが武術ですよ。

 だからこそ、最後の最後まで戦いを避けて避けて戦わないようにしなきゃいけない!

 うちの会員にも腕試ししたくてウズウズしている人がいますが、うちの技は試合じゃ反則になって使えないような技が九割九分なので、難しいでしょうね。その人は他流経験者が来るとはしゃいじゃって、興奮してるチンパンジーみたい?

 だけど、野生のチンパンジーなんて凄い凶暴ですからね。彼も自分の戦闘力がどのくらいなのか試してみたいんでしょうけど、もう“殺人拳法遣い”になってしまってるから、軽い気持ちで腕試しさせる訳にはいきません(ピクル君と呼んでます)。

 なので、「そんなに腕試ししたかったら暴力団とか暴走族とかに行って、ぶっ潰してきなさい。その方が世の中に役立つでしょ」と言ったら、いや~・・・って頭かいてましたけどね。

 北島師範みたいに、自分が馬鹿にされても腕前を見せつけてやろうとかしない抑制力が武術修行者には必要なんですよね。

 武術は個人が核兵器持つようなものなんですよ。技がどうとかじゃなくて、戦闘に関して徹底的に追究する思考が備わってしまうと、人を観れば「こうやれば殺せるな」って当たり前に考えるようになる。“倒す”じゃないんです。“殺す”なんです。

 私なんか、そうなっちゃってるから自己嫌悪に陥る時があります。「俺って一種の変態なんだ」と弁えていなきゃ、マトモなつもりでいたら危ないです。

 武術は、まともに使ってしまったら、相手を殺して自分の人生もオシャカになりますから、“無常”を自覚してなきゃダメですね。“平法”としての武術は、必ず殺す技を体得して必ず生き残る術を講じるのが極意なんです。自分が生き残るには周囲の人も生かさなきゃダメですよ。

 武術というのは、“毒をもって毒を制する”最終手段なんです。腕試ししたい気持ちも殺さなきゃいけません! 古武術が型だけになったのも、よく理解できますよ。迂闊に試し合いしたら死人が量産されてしまいますよ。空手だって沖縄の手の時代は試合はなかったでしょ?

 面子がかかった勝負になれば簡単に殺し合いになってしまいますよ。試合をやるならスポーツとしてきっちりルールを決めて安全対策をしなきゃいけません。ですが、それをやったらもう武術じゃありません。この理屈が理解できない人は既にスポーツの考え方に洗脳されちゃってるのを自分で自覚できなくなってるんですよ。

 拳銃持ってるヤツとどうやって戦うか?って考えるのが武術で、「そんなの無理だよ」と諦めるのが武道スポーツ。私はいつも考えてますよ。手裏剣練習したのも対拳銃のためです(無理だと結論付けました)。あっ、結論ですか? 「自分も銃を持つ」です!

「そんなの武術じゃね~じゃん」と思った方。

 タワケ者っ! 武術は元々射撃術も含んでるんですよ。稲富流・関流とかあるし、坂本龍馬も岡田以蔵も護身用の拳銃持ってたでしょうが? 素手で闘うことしか考えない時点で実戦性なんかカケラもありません。考え方がヌル過ぎる!


 閑話休題・・・。


 素手の武道や格闘技で襲ってくるヤツなんて、実際にはそうそういないでしょう。ケンカで武道の構えとかやってごらんなさい。結構、恥ずいよぉ~。見物人がオオッ!とか笑いながら見てるもん。

 で、長物(鉄パイプとかバットとか)で襲撃してくるのに対処するやり方もやりましたが、解説するのに独己九剣の左剣の技を実演して解説してみました。

 この日は北島師範にも内緒で、ウキウキして真剣(延壽宣次)を持ってきていたんですね。もう拵えも完成していたので、稽古にもバシバシ使える状態。

 何げにやったら、「・・・先生、その光り具合は、ひょっとして・・・?」

「当たりです・・・」

 よくTVなんかで日本刀使ってるシーンで「安全のために模造刀を使っております」なんてテロップが出たりすることがありますが、そんな小賢しいことせんでいいっ!

 続いて、無刀捕りの目付けのコツを教えて、手刀で振り下ろすのを躱す稽古をやってもらいました。

 なんか、皆さん、今回はいいですね~。ちゃんと理屈が解っていれば、タイミングを加減してやるだけですからね~。どうしても遅れてしまう人は早めに動けばいい。どうせ、年とったらどんな人間でも動きは遅くなるんです。

 だけど、読みは衰えないで高められるから、動きが遅くなるなら、その分、早く動き出せばいいだけの話です。運動能力に頼ろうとするのが大間違いなんですよ。できることをやればいいんです。

 結果的に、応用実践編で教えた方が解り易かったみたいですね。

 感想を言われた中でも、「本で書かれている以上のことが習えて良かったです」と、目をキラキラさせながら言われた方もいて、教えたこっちも嬉しかったですね。どんどん、いろんなことに応用して役立ててもらいたいですね。

 まあね~。でも、言い方を変えると“他流の破り方”を教えている訳で、邪道(大仁田?)なんですよね。

 こういうのは、あまりおおっぴらに公開するのは憚られます。他流批判そのものになってしまうし、下手に広めると武道武術業界全体の衰退化を促進してしまいかねません。

 特に、海外の武術関係者に教えてしまうと、日本武道がますますもって絶対的に負け続けることになってしまいかねません。

 つまり、弱点を突くということは、優れた点まで根こそぎ潰してしまうことになりかねないんですよ。

 私は研究家だからやっているけれど、これを広めると真面目に修行に取り組んでいる人達が馬鹿馬鹿しくなってやめてしまうかもしれないでしょう?

 例えば、空手は中国から伝わった武術が琉球で密かに磨かれて独自に発展し、本土に伝えられて以降は社会体育として世界中に普及し、伝統空手道、フルコンタクト空手道の二つの局面を開拓しながら多彩に発展していっています。

 弱点だけをクローズアップすれば、その歴史と無数の空手人の努力を灰塵に帰すことにさえなりかねない。

 そもそも、武道武術なんて人間が考えたものなんだから完全無欠なんてあり得ない。いかなる流派にも弱点はいくらでもありますよ。

 早い話、重機関銃で撃たれたらどうすることもできないでしょう?

 けれども、よく考えてください。重機関銃だって弱点はいくらでもあります。

 弾丸が無ければ重たいだけの鉄の固まりだし、街中を持ち歩けないし、第一、入手するのが難しい・・・。

 ねっ? どんな武器にも弱点はある訳ですよ。

 武術武道だって弱点はいくらでもあるんだから、そこだけ問題視して是非を論じるのは愚かなんですよね。

 私が膨大な流派を研究してきたのも、“弱点”を埋め合わせるために研究したんです。

 そして、それぞれの流派に独自の優れた点があって、それぞれに価値があるんだな~と思った訳で、だからこそ「流派に優劣はない。優劣は遣い手の問題」と確信をもって断言している訳です。

 どうも、武道武術をやっいる人間は、自分のやっている流儀だけが優れていると思い込み過ぎる傾向がありますね。日本人の特性かもしれんけど、近視眼的に過ぎますよ。

 空手の世界は沖縄空手ブームになっているみたいですが、私は、どうして空手の源流である中国武術の技を研究しないんだろう?と思うんですね。

 せいぜい、意拳くらいしか研究しようとしないでしょう?

 もったいないな~と思いますね。太極拳、八卦掌、形意拳、蟷螂拳、通背拳、八極拳、白鶴拳、洪家拳、詠春拳、酔拳、蛇拳・・・なんかは空手の技術を解明するのに物凄く役立つと思うんですけどね~。

 恐らく、能書きは立派だけれど立ち合うとひ弱な中国武術マニアがメチャ多いから、「こんなもの学んでも無駄だ」って思ってしまうんでしょうね。

 キックボクサーが達人と名高い中国武術家の拝師弟子に習いに行った時に、「さあ、どっからでも来んしゃい!」と、蟷螂拳で構えるところへ、シッ!とミドルキック出したら、バシッ! ピューンッ!って、その人はふっ飛んでしまったんだとか・・・?

 何か、コントみたいですけど、こういう話はやたらに多いですよ。

 今回のセミナーの最中でも、形意拳と酔拳の遣い方を指導しました。

「えっ、アンタ、形意拳や酔拳なんて誰に習ったの?」って思うでしょうけど、ろくすっぽ習っていませんよ。だけど、私は超テンサイ(天災?)!なんで、観てるだけで遣い方解っちゃうんですよね~。

 大体、中国武術やっている人達って他力本願の度が過ぎますよ。偉い先生にお金を貢いで教えてもらわなきゃ使えるようになれないと強固に信じ込んで自分で創意工夫しようとしないんですよ。甘えん坊ばっかしだね~。

「我流では本質が掴めない」なんか言っちゃって、自分自身で工夫することを自ら放棄してしまっている。だから、本当に遣える人が極端に少なくなってしまうのでしょう。

 私が本当に「この先生は強いな~」と思えた人は、大体、中国武術やる前に空手やっている人が多いですね。空手だって源流は中国武術なんだから、空手で基礎ができていれば中国武術の真価を発揮できて不思議はありません。

 もっとも、剛柔流空手やっていた人が柔一辺倒の楊家や呉派の太極拳を修行したら苦労するでしょうが、剛柔相済の陳氏太極拳だと割合、相性よく修行できるでしょう。

 そういう組み合わせを考えてやれば互いの長所を兼ね備えることができますよ。概ね、最初に学んだり長く学んだりしていた流儀の特色が強くなったりはしますけど、戦う時にそんなのどうでもいいもんね。

 別に中国武術に限った話ではなくて、どんな武道でもトップに到る人は自分自身で創意工夫しているものです。徹底的に努力し、その上で創意工夫する。これがいかなる分野でもトップに立つ人間の条件ですよ。

 人間、金魚のウンコみたいな生き方をしちゃあダメ! 自分の人生は自分で切り開くという気概と覚悟を持つ・・・そのための修行の手段として武術を役立てていただきたいですね。


追伸;八月から東京支部の稽古場所が変更になります。詳細は東京支部主宰の矢嶋師範代のブログを御参照ください。曜日は変わらず火曜日の夜です。

追伸2;相模原本部道場もヨロシク(第一・三・五の木曜夜7時~9時)相模原近郊の方は是非どうぞ。場所が広々しているので居合術も槍術も楽にできますよ。たまに試し斬りもやります。手裏剣もやりたいけどな~。


関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

リンク
FC2カウンター
最新記事
カテゴリー
長野峻也ブログ
QR
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。