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何か、武侠小説みたい・・・

 武術の世界で長く活動していると、この世界は一種の群雄割拠しているようなものに思えることがあります。誰もが、「オレこそが最強だ!」という誇大妄想に取り憑かれて自惚れ狂い果ててしまっていたりするのです・・・。

 しかし、そんな中で本当に凄い武術家は数少なく、実力が伴わない人が大半です。試合する習慣がないので客観的に実力を測定できないので、これはもう、道場破りするとか教わるフリしてガチを仕掛けるとかでもしない限り、解らない訳です。

 ただ、それをやって血祭りにあげられる場合があるので、私は「あっ、この人、フェイクだな」と思わない限りは仕掛けません(・・・っ~ことは仕掛けたことあんのか?)。

 でも、経験積むと、何となく解るようになりますよ。ヤンキーとか暴走族とか喧嘩慣れしている人間の方が、そういう嗅覚は発達していて、やらなくても感づいたりします。

 むしろ、武道やっている人間の方が鈍かったりするから面白いもんですね?


 ここ最近、私の個人的な付き合いのある先生方を見ていると、「何だか、この先生方って武侠小説に登場する達人の爺さん達みたいだな~?」と思うようになってきています。

 金庸の『射雕英雄伝』に出てくる東邪・西毒・南帝・北丐の四大武術大家なんて、私の知ってる武術家の先生方にそっくり当てはまるような気もするんですよ。

 南帝こと一灯大師は青木宏之先生(四大武術家に並ぶ実力者の老顔童こと周伯通も混じってる?)で、西毒こと欧陽鋒は田中光四郎先生、東邪こと黄薬師は友寄隆一郎先生、北丐こと洪七公は小林直樹先生かな~?とか・・・。

 武侠小説に出てくるキャラクターって、一応、善悪色分けされてはいるんですが、それが一筋縄ではいかなくて、例えば西毒は一貫して悪人として描かれていながら、実は凄く愛情深くて人間臭いキャラクターで、金庸先生は一番お気に入りだったんだろうな~と思われます。

 それは別として、金庸武侠小説に登場する武術家たちときたら、仲良く話していたかと思うと、ちょっとしたことでいきなり怒り出して死闘を展開したりする“大人げの無さ”で、「現実の武術家の気質をよく解ってるな~、金庸先生は・・・」と、私はつくづく感心してしまいます。

 本当に、武術の世界では発狂してんのか?と思うように裏切ったりする人間がいますからね~。非常識というより最初から常識がない?

 なので、私は、今現在、お付き合いしている先生方も極めて少数です。精神的にどうかしちゃってるような人は徹底して避けております。

 はっきりいって、中途半端な気持ちで武術に取り組むと精神がおかしくなりますね。既におかしい人、おかしくなった人・・・少なからず見てきました。

 武術って、必要性があるなら殺人を肯定してしまうものですから、生半可な気持ちで取り組めば精神の毒にしかならないのは自明でしょう?

 ある種、物凄く倫理観の深い人間でないと学んではいけないような気がします。

 何せ、人体のどこをどういじくったら絶命するか?ってことを日夜研究している訳で、現代の危険性のある技を排除してスポーツとして確立した武道の観点からすると、禁じ手ばっかりですからね。

 私は武器にこだわりはありますけど、素手で何千通りも人体破壊する知識を持ってる訳で、自分が強いとは全然思わないんですけど、率直に言うと喧嘩は凄く自信あります。

 でも、必ず相手からは「アンタ、汚い! ズルイ!」と罵倒されます。元ヤンや暴走族あがりのヤツから“喧嘩が汚い”と言われてしまう訳ですから、どういう戦い方をするのかは察していただけると思います。少なくとも本やDVDで見せているようなやり方はしません。

 喧嘩で勝つのは、強いとか弱いとか関係なく、先手先手で相手の弱点だけを集中攻撃するのが最大唯一の秘訣で、だから勝って当たり前、これで負けたらどうかしてますよ。

 以前は何々流の何段です・・・みたいな武歴を聞くと「うわ~、強そうだな~」とか思って警戒しましたけど、最近は何とも思わなくなりました。ルール決めて試合するなら別ですが、喧嘩は騙し打ちだから、相手に実力出させなくして倒せばいい訳です。

 やってる人達は大概、勘違いしていますが、武道や格闘技の強さは、攻撃力の強さであって、実は防御することに関してはあまり研究されていません。本当ですよ。

 だから、急所を防御する感覚が皆無の人も多いのです。

 よって、スキだらけで自信満々でファイティングポーズ取って向かってこようとする人が非常に多いので、危なっかしいんですね。いくら攻撃力があっても、あそこまであからさまに無防備だと簡単に致命傷を負いますよ。

 一VS一で素手で正々堂々と・・・なんて考えるのはお目出度いとしか言えません。喧嘩では一発も受けちゃダメです! それだけで致命傷になりかねないからです。

 しかも、攻撃力というのは、素手でどんなに鍛えたところで素人がカッターナイフ持っただけで逆転されてしまう。

 アメリカで軍隊や特殊部隊で注目されているフィリピノ・マーシャルアーツなんて、小ぶりのナイフ一本であっという間に相手を切り刻んでしまいますし、シラットなどで用いるカランビットナイフなんかも素手と思わせておいて、鉤爪みたいな小さな三日月ナイフを拳に握り込んで動脈や腱を掻き切ってしまいます。

 こういうことを書くと、そんなのは特殊なマニアがやるものだろうと思うでしょうが、と~んでもない。今や日本でもストリート系のカラーギャング連中なんかでフィリピノ・カリやカランビットナイフを練習している連中がいますよ。

 そういう事情も知らずに深夜の繁華街で「ヤンキー風情が・・・」と道場のつもりで立ち向かったらカタワにされてしまいますよ。

 それを理解しているから、喧嘩慣れしてるヤツは迂闊に腕試ししようとかしないのですね。相手の様子をうかがっておいて、スキを狙って、ここぞというタイミングに、いきなり襲い掛かって倒す。ボコボコ殴り合いするのは素人がジャレてるだけだから放置しておいて宜しい! 喧嘩師は一発です。よって、観察していて感覚的に「あっ、こいつは何か違う。危ない。避けておこう・・・」とかなる訳ですよ。

 つまり、そういう連中の方が“心法”を心得ている訳ですよ。

 多少、武道とか武術とかやって腕試ししたがる人間って、要は、そういう感受性が備わっていないド素人なんですよ。死ぬかもしれないという思いしたことないから、根本的に勘違いしてる。本当の危険性を察知できない。

 武術の場合、本当にできる人間同士だと、雰囲気とか話し方、話す内容、声の深さ、表情、身ごなしなんかを瞬間的に超高速で解析して、ある程度のレベルを測定してしまうんですね。

 その上で概ね、二通りの対処をします。スキを見せないかスキを晒すか。

 普通、スキを見せないようにすると思うでしょうが、スキを晒して敵意が無いことをアピールする方が高等戦術ですね。

 ただ、これが高等な戦術だということを気づかない馬鹿も多いんですよ。与し易しと勘違いして凄んできたりするIQ低いトンマな人も結構いますね。もちろん、餌食になる。


 私がかねてから絶賛している新体道は、「戦わない武道」という異名があります。

 よって、「新体道は弱いんでしょ?」って言う人も多いんですが、「戦わない」のと「戦えない」のは全然、別のことなんですよ。

「戦わない」のは、「戦う技能があるけれども敢えてそれを使わない」という意味であって、武術というものは、本質的にこういう境地を目指さないと存在価値を失ってしまいます。自分からは戦わないけれども、降りかかる火の粉は払う・・・。

 私が新体道を評価したのは、あくまでも、その“実戦力の高さ”であって、その上での思想であり芸術性でありを付加価値として評価している訳です。

 私が青木宏之先生を尊敬しているのは、あくまでも、その“超絶なる武術の技量”に対してであって、もちろん、人柄も好きですけれども、それもこれも“技量”あってこそのものです。

 もう74歳ですか? それでも私は総合的には青木先生が未だに日本で実力随一だと信じて疑いません。世界を探しても、そうそういないでしょう。

 抽象的な評価だと納得できないでしょうが(私の勝手な見立てなので、文句が言いたい方は私に言っていただきたい)、沖縄空手の大家と評価の高い宇城憲治氏の最近の動画を見て、「あ~、青木先生とは比べものにならないな~」と思いましたよ。そのくらい読みのレベルも打撃の威力も身法も大差があると思いましたよ。

 なので、現在、青木先生の実力を正当に評価する人が至って少ないのが、私には解せません。私以外では河野智聖先生くらいでしょうか? きちんと評価しているのは。

 見る人が見れば判別つくだろうと思うんですが、悲しいかな、武道マスコミ関係者の目はそこまで曇っちゃってんのかな~?と・・・。フェイクの人を大名人みたいに祭り上げて味噌も糞も見分けのつかない目ン玉腐った連中ばっかりなんでしょうかね~?

 はっきり言って、私は実力の伴わない武術家なんか認めませんよ。

 一に実力、二に覚悟、三、四は抜いて、五に理論・・・ってまあ、こんな感じかな?

 実力が足りなくても覚悟がある人だったら、それなりに評価できますが、この二つが無い人間が武術家だの名乗るのはチャンチャラおかしいですよ。

 私は恐れ多くて武術家なんか絶対、名乗れません。武術研究家が精一杯。


 そんな私が尊敬する青木宏之先生が、事務所を引っ越ししてささやかなお祝いをするからということで呼んでいただき、水曜日に西荻窪に行ってまいりました。

 途中、長く講座をやらせていただいていたほびっと村に寄って(来年新春の頃に久しぶりの講座を開催する予定です)、それから天真会の新事務所にうかがいました。

 この日は、日子流田中光四郎先生と木村真美さんも来られていて、新体道代表である大井先生、天真会の吉田さんと、後から武道好きで療法家のI田さん、吉田さんの娘さんの倫子さんも来られました。

 新しい事務所は以前のマンションから一軒家となり、日本の精神世界のメッカともいうべき、この西荻窪の地霊に護られているような雰囲気。

 西荻窪って、中央線が高尾山からの龍脈が都心に流れている中でもツボのように霊気が集まっている地域としてスピリチュアル系では有名な町で、知ってか知らずか、新宗教や精神世界の団体が集中して多い場所なんですよね。

 この町ではいろんな人に出会いましたよ・・・。

 関係ないけど、私も庭付きの一件家に住みたいです。そんで猫を二十匹くらい飼って、近所から猫屋敷と呼ばれたいっ!

 それはそれとしても、私は青木先生に見せたくて延壽宣次を持ってきていたので、挨拶もそこそこに、早速、お見せしました。これが本当の“ポン友(日本刀友達?)”ってヤツですか?

 で、その後はお食事しながらいろいろ話したんですが・・・何か、飲み過ぎて何を話していたのかよく覚えていません。

 何となく、光四郎先生の恋バナをみんなで聞く会みたいだったような気がしなくもないんだけど・・・?


 それと・・・青木先生がこれまで演武してきた剣舞を大井先生が編集して纏めた資料用DVDを見せてもらいました。

 これがまた、何ということか・・・私が最初に見せてもらったものと比べると、どう考えても五倍・・・いや、ひょっとすると十倍くらいレベルアップされているんじゃないのか?というくらいになっているんですね。

 剣武天真流発足式の時の大井先生を相手に突如として披露された新体道空手の演武なんて見事ですね~。転がしたら即座に追いかけて間を開けない。向かい合った瞬間(それ以前?)からズゥ~ッと先手取ってるんですね。

 私は演武の最中に三回、青木先生が“遠当て”を入れたのは判ったんですが、あらためて観てみると外に現れないやり方で、あと最低二発は技の最中に入れていたみたいですね~。大井先生の反応の仕方で判りましたよ。これは読めなかったな~。

 無意識に出す技というのは本人が意図していないから、読めないんですね。それでも映像でとってあるといろいろ分析できます。佐川先生がビデオ撮らせなかったのも流石ですよね。技の分析されたら、もう通用しなくなりますからね。

 青木先生が、これだけ私に秘蔵映像を見せてくださるのも、教えてあげようという気持ちがある訳なんですね。手の内を相手に晒すというのは、武術の世界で特別なことなんですよ。

 それにしても、この動き・・・青木先生が40代だったら、まだ納得もいくんですが、70過ぎて、何で、こんな短期間に倍々でレベルアップしたりするのか?

 こんな武術家、見たことありません・・・。

 達人過ぎます。

 しかし・・・青木先生が二階に誘ってくださって、見せてもらった秘密特訓マシーン!

 グワッシャ~ンッ!と動かす74歳・・・。

「長野さんもやってみんさい・・・」

 ヌヌ~ッ・・・47歳、ビクともしましぇんっ! スマンですっ!

 フッフッフ・・・と微笑む74歳・・・。

 アンタ、化けもんかぁっ!

・・・っー訳で、達人は一日にしてならずぢゃっ・・・というお話でした。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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