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尖閣諸島問題について思うこと

「尖閣諸島問題について長野先生のコメントを・・・」という要望を地方在住の読者の方
から頂戴しました。

 私は、この手の領土問題とか政治的な話題について迂闊なことは書くもんじゃないだろうと思って、それこそ静観していたんですが、あまりと言えばあまりな展開なので、これはちょっと何か書いておくべ~か?と思っていたところでした。

 また、先日、親父狩りをブチのめしたが待ち伏せにあって障害を負った喧嘩自慢の武道有段者の警備員の話を書きましたが、この人のその後の顛末も知りたいとのことでしたから、私が聞いた噂話を述べておきます。

 真実かどうかは私が聞いた人に確認するしかありません。嘘や作り話をする人ではないので、私は事実であったと思いますが、その人によれば、車椅子生活で仕事もできなくなっているそうです。恐らく奥さんだと思いますが、家族が支えているそうです。

 この事件については、部外者がどうこう評論したところで何の解決にもなりません。

 ただ、後先考えずに暴力に暴力で対抗すれば、どうなるか?という教えを与えてくれているものとして、我が身の軽率な行動を戒めるしかありません。


 さて、それでは本題の尖閣諸島の問題です。

 ここが日本の領土であるという点は、国際的にどこまで承認されているのか?という点は、まず気になるところです。

 事件が起こった時に日本が取るべきだったのは、撮影していたビデオを公開して、「こういう被害を受けたので、船長を逮捕した」という点を明確にアピールすべきだったということです。つまり、日本にまったく非が無く、仕方なく逮捕したという印象付けをしなければならなかったのです。

 そして、日本の認識をニュースで世界中に発信して是非の判断を第三者に委ねるべきだったと考えます。そうしていれば、中国も被害者顔できなかった筈です。

 ところが、日本は国内向けに言葉少なく「尖閣諸島は日本の領土である」と、明確な理論的裏付けを出さずに発言しているだけで、これでは国内の支持さえ得られない。

 あのような消極的な対応をしていたら、「別にこの島は無くてもいいんですよ」とでも言っているように受け取られるでしょう。

 清の時代の話を持ち出しても中国の国政はまったく変わっているのだから説得力はないし、日本固有の領土だと主張するなら、“住民が住んで生活の実態を作ること”も肝心です。それもやらずに所有権だけ主張しても不合理でしょう。

 話し合いで解決できると考えるのが平和惚けもいいところなのであって、文革や天安門を考えても、中国は、いざとなったら軍事力に訴えて力ずくで反対勢力を粛清する国なんだと認識しておかなくてはダメでしょう。

 本当に甘いことを考えていたら、尖閣諸島どころか沖縄まで奪い取られますよ。第二のチベットみたいにならないとは言えません。

 だから、対等な付き合いをしたいと思っているのなら、脅しに対して“話せば解る”式のボケた期待はしないことです。

 脅し文句に対しては、「それは脅しなんですか?」とまず言う。そうすれば、国相手に脅しをかけたとメディアで報道されたら中国が困ることになるから、当然、「脅しではない」と言うしかありません。そうすると、あまり圧力をかけられず、言葉を選んだり対応を緩めないといけない・・・と、そう判断され、必然的に強圧的な対応はできなくなっていく訳です。

 船長を釈放して帰したのも、状況を考えると仙石さんの独断なんじゃないか?とも思いますが、一度、帰してしまってから、「戻すべきだ」と騒ぐ民主党の議員も間抜けの度が過ぎるし(中国が帰す道理がありません。バカ過ぎて論外)、仙石さんが「船の修理代を請求する」とか言ったのも、あまりのノウテンキさに失笑させられましたよ。

 私は右寄り思想は全然ありませんが、右寄り政治家、評論家の方々が口々に言ってるように、確かに民主党の危機管理意識の無さは致命的だな~とは思いますね。

 私は以前から、社会主義、共産主義思想にはまってる人達の平和ボケっぷりには笑かしてもらってましたから、今更、どんな醜態さらしてくれても何とも思いませんが、民衆が平等に生きられる社会を目指す制度を選んだ国が、何ゆえに絶対的独裁国家に変質してしまうのか?という点に恐ろしさを感じますね。

 今回の件で、中国もまた北朝鮮と同じ穴のムジナなんだということが、よぉ~く判りますし、カンボジアのポルポト政権下の大虐殺なんかも考えても、社会主義、共産主義が制度として人間の心を狂わせて悪魔のような独裁国家を生み出す役にしかたってない・・・という世界の歴史の現実を、冷静に検討しなければならないと思いますね。

 結局、社会制度を先に考えるということは、“完成された社会システムを作れば、人はその中で誰もが平等に平和に生きていける”という、ご都合主義の合理精神を神にいただく“宗教”をこしらえたのが元凶だったんだろうと私は極めて大雑把に思う次第です。

 まあ、宗教ってのは共同幻想だからね。神仏を信じるか制度を信じるかの差しかないんだけど、要するにご都合主義だから、人間の心の欲望とか本能を制御しきれるものじゃないし、権力握った人間によって、いくらでもねじ曲げられてしまう訳ですよ。

 つまり、宗教にしろ制度にしろ、あるいは思想とか美意識とか、言葉は何でもいいんだけど、本当はちっとも信念なんかないのに、「信念に従って生きる俺ってカッコイイだろ?」ってナルチシズムに浸ってるキチガイが権力握ると野心を限りなく増大させて心を失っていくんですよ。

 菅vs小沢の時に、“それ”を感じた人もいたんじゃないですか?

 彼らは国を思って「命賭けでやる」って言ってたけど、私の目には、そこまで権力が欲しいのか?っていう権力亡者の泥レス見せられてるようにしか映らなかったですよ。

「あ~、政治家って、本当に醜い人達ばっかりなんだな~」って、本当に心の底からうっとうしかったですね~。

 私、だから、今でも結構、福田さん、好きなんですよ。あの人、覚めてたでしょ?

「総理大臣も、成り行きでなっちゃったからね」って感じだったし、だから、辞める時も未練とかなくてサバサバしてて、麻生さんと密約交わしたんだろうな~と思いましたね。

 無責任じゃないかと言われて「あなたとは違うんです」と怒ったのも、そのせいだと思いますね。立場上、裏のことは話せないでしょう? 鳩山さんみたいに口滑らす人もいたけど。

 小沢さんだって、責任とって鳩山さんと一緒に幹事長やめておきながら、代表選挙に出たのは、「本来、俺が民主党を支えているんだ。フザケルな」って意識があるからであって、国を思っての敢えての出馬だなんて、そんなの信じて応援する馬鹿がどこにいるんだ?って話ですよ。要するに党の実権握らないと金が自由にできないからでしょう。

 テキトーにラッパ吹かしてみせたら、子分がゾロゾロついてくるから錯覚してしまうんですよ。子分引き連れて中国旅行してた姿見たら、新興宗教の教祖様にしか見えないよ。

 尖閣諸島のことでも明確に解ってきたのは、今、日本はアメリカと組むか中国と組むかという選択と、もう一つ、独立国家として自力でやっていくかという手もある。

 理想をいうなら自立することですが、独立国家としてやっていくだけの力は今のところは無いですね。無理だと思いますよ。だって、自立する強固な意志が国民には無いから。

 今の日本の致命的なのは、長年、戦いを放棄してやってきたことですね。

 平和を宣言している以上、話し合いでカタがつくと思ってる。戦争は話し合いでカタがつかなかった時の決着の手段だという点を忘れてしまっているのです。

 自分たちが手を出さなくとも、相手が出すことは現実にあり得るという点から目を背けてきたツケが出てきたんだと思いますね。

 この点、武術の世界は「昨日の友が今日の敵」というのが当たり前の世界だから、「信じられるのは己のみ」というハードボイルドな精神が無いと渡っていけないから、いや~、いろいろ勉強させてもらいましたね~。ホント・・・。

 義理人情を大切にする世界だからこそ、逆に平然と人を裏切る仁義無き人間がざらにいるんです。しかも、面と向かってじゃなくて陰湿な嫌がらせをチマチマ仕掛けるから、タチが悪いですよ。

 でも、戦いは戦闘力、軍事力だけでやるものじゃないですよ。

 これまでの日本は経済力でアメリカを脅かしてきていたし、科学技術の点や芸術芸能などの文化でも優れたものをクリエイトしてきている。

 武術の方法論だって、そうです。戦わず、戦わせずに勝ちを制する方法論を日本人は希求してきた。軍事力の発展ではなく、文化として発展した。

 つまり、人間の質を高めることで愚かな争いを自然消滅させる教育的遊戯の文化性を持つ装置である“武術”を生み出してきた。戦わずに敵の心を制圧心酔させるのが究極の極意ですよね。

 これもまた、数多ある宗教システムの一つに収斂されるのかも知れないけれど、一つの可能性として、人間にカルマとして備わっている闘争本能を、個人が自己を高めるための内的修行システムとして転化させることができる・・・かもしれません。

 そして、これは、人が未成熟な自己の精神性を、より多くの他者の支配欲へと向けてしまう邪まな本性を持つが故に、“社会”という制度の中で魔に捕らえられていってしまうのに対する、ほとんど唯一のカウンターパンチとなり得る、文字通りの“最終兵器”になるし、そうなるように方向付けしていきたい・・・というのが、私のささやかな“誇大妄想”です。

 何しろ、世界は私とほとんど関係なく成立しているが故に、ささやかな抵抗が影響を及ぼせるとすれば、それは、ただひたすらに世界を夢見て生きていくしかないんですよ。私にできるのは、ただ、それだけ。

 けれども、世界を夢見ることは世界と繋がることです。世界と繋がるというのは、本生に気づくということ。そんな人間が増えていけば、いずれ世界は変わります。

 私は私の本心が欲することをやって生きていくだけ。それが世界と繋がっていろんな影響力を生み出していくだろうという予感がある。

 これ、性善説の話。

 だけど、力もないのに戦ったって意味ない。負けると解っているなら逃げるが勝ち。

 国としての日本が崩壊してしまうということも、あり得るかもしれないけれど、日本の風土の中で育まれた文化は日本人のDNAの中にきちんと伝承されるでしょう。

 最終的に守らねばならないのは、土地じゃなくて人ですよ。

 かつて、鹿島神流の国井先生に「俺と勝負して負けたら道場を貰うぞ」と挑まれた合気道開祖、植芝盛平翁は、「じゃあ、道場はあげますよ。どうぞ~」とあっさり答えたので、国井先生は毒気を抜かれて「いや~・・・」と照れ笑いしながら頭をカキカキ帰っていったとか・・・。

 粋な爺さんだね~・・・。

 日本も中国に飲み込まれたら、自由主義の考え方をどんどん広めて内部から中国人民を変えていきゃあ、いいんですよ。十年もしたら、名前は中国だけど中身は日本になっちゃうだろうから、それもアリかもね~?

 これ、性悪説を取る武術的戦略です・・・。

 質問をしてくれた方は、このブログを読んでいる人達はリアルに力に向き合おうとしている人達だと思う・・・と書かれていました。

 そうだとするなら、私が伝えたいのは、まず、「必要な時は戦う覚悟を持って欲しい」ということと、「戦う以上は先の先まで考えて欲しい」「戦うべき時に備えて心身を鍛錬していて欲しい」「しかし、戦う時は命を捨てる覚悟をすべきで、できないなら戦わない勇気も重要」「そして、武術は楽しく仲間と稽古して欲しい」「そして、メッチャクチャに強くなっても、周囲にかくして普通に働き、でも、弱い人、困っている人を見たら助けてあげられる人間になりましょう!」といったことです。

 独修は毒習に繋がります。ウツウツと独りよがりな練習をして自分が強くなったような錯覚に陥り世の中を斜に構えて見たりする脳みその腐った人間にならないようにしましょうね。

 
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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