コンテントヘッダー

ロボット兵器と貧者の兵器

 NHKのドキュメンタリー番組は、やっぱり一味違うな~・・・と、いつも思うんですが、ヤノマミ族のドキュメンタリーに続いて、田中泯さんのナレーションによるアフガンのタリバンによる自爆テロと、アメリカのロボット兵器による爆撃の対比が語られ、何ともやるせない気持ちになりました。

 ドキュメンタリー映像の凄みは、創作ではない事実を切り取って突き付けるノンフィクションの凄みです。

 これは、「事実は小説より奇なり」の言葉の通り、リアルであるからこそ胸に迫るものがあります。

 私は、ドキュメンタリー作品そのものを作りたいとはあんまり思わないんですが、武術関係の映像の企画製作にかかわってきたせいか、創作では考えられない生の人間の持つ力に圧倒される想いを持つこともあります。

 今年は、伝説の武道家、青木宏之先生が剣武天真流を立ち上げる過程で製作されたクエストのDVDに協力していたために、一つの流儀が形を成す過程をドキュメンタリーとして観詰める・・・という貴重な体験もしました。

 撮影中、青木先生が語った“武道のあるべき姿”は、闘争を制する、敵の心を包み込んで争う気持ちを消し去ろうとする日本武道の目指す境地を提言するものであり、宗教家で芸術家でもある青木先生ならではの願いの籠もった言葉でした。

 実は、私は、今年、原点に戻って武術を深めていこうと思って、割りと意識的に交際を制限しています。

 自分が追究している武術が、従来の単なる格闘の技術ではないんだというレベルに引き上げたいと思ったからです。

 これは、芸術や芸能、その他の世界の一流の人達と接する機会が増えてきて、「あ~、俺はこんなレベルでこの人達と付き合うのはおこがましいことだ」と思う気持ちが強くなってきたことと、かといって武術を捨てるような欺瞞的な真似はやりたくなかったので、逆に徹底的に殺法を追究し尽くしてしまおうと考えたのです。

 多分、私の月例セミナーに来ている人の中には気づいた人もいるのではないか?と思うのですが、以前だったら隠して教えなかったような、身も蓋もない“殺人術”を平気で教えたりしていることに違和感を感じられたかもしれません。

 しかし、臭いものに蓋をして偽善のオブラートでくるんだ武術を論じたままでは先に進めない。私は先に進むために、徹底的に殺法を研究し尽くして、武術の原点を理解した上で、21世紀に適合する最先端の武術を新たに構築しようと考えているのです。

 なので、ここ最近、最新の特殊部隊の武器や戦術なんかも調べたりしていたのです。

 その過程で、私が知っていた1980年代の武器や戦術は既に時代遅れになっている事実を知りました。

 例えば、第二次大戦の時には時代遅れになっていた対戦車ライフルが、対物(アンチマテリアル)ライフルとなって部隊に必須の装備として蘇っていた・・・なんてことも知りました。

 初期の頃は、50BMG弾を使うバーレット・ライフルくらいしかなかった対物ライフル(超長距離狙撃銃)も、今では南アフリカのツルベロ、フランスのPGM、アメリカのシェイタック、ウインドランナー、中国のノリンコJS等々、各国各社でしのぎを削って高性能のものが作られています。

 何故なら、これらのライフルは、通常500m~700mくらいの実用有効射程の従来のスナイパーライフルと比べて、遥かに大きな弾薬(50BMG、338ラプアマグナム、408シェイタック、20mm弾など)を使用するため、1km~2kmもの超長距離狙撃が可能となり、AKライフルの弾が届く(200~300mくらい)遥か遠くから狙い撃つことができるからです。

 この対物ライフルの隆盛が暗示するように、現代の戦争では、歩兵が銃で撃ち合う戦闘ではなく、高性能の武器で遠くから一方的に殲滅する戦闘法が当たり前になってきています。

 その実情を描いたのが、今回のNHKのドキュメンタリー『ロボット兵器と貧者の兵器』でした・・・。


 私は、「日本はロボット軍団を開発装備して諸外国に睨みを効かせばいいのでは?」と提言してきましたが、これは半分は冗談、つまり、ハッタリを効かせればいいという戦略的な意味でのものでした。

 まさか、本当にロボット兵器を使うようになっているとは思っていませんでした。

 ところが、アメリカは、既に本気で取り組んで、実戦配備していたんですね。

 無人爆撃機プレデターの威力と、TVゲームみたいな感覚でそれを操る訓練をしているアメリカの若い訓練生たちのゾッとするような人間性の薄さ・・・。

 敵は殺す・敵は人間じゃない・平和を脅かす者は殺すしかない・・・こういった論理の正当性を“現実”だとするなら、人間の存在理由は一体、何なのか?

 対するアフガンの自爆兵器と化す人々もまた、麻薬を使って洗脳され酩酊状態のまま人間爆弾となる・・・。

 私の両親は戦前の教育を受けて戦争を体験していますから、戦争中の悲惨な話を随分聞かされましたが、中でも、教育の内容が戦前は“鬼畜米英”といっていたのが、戦争後はコロリと変わってしまったことに衝撃を受けたという話をよくしていました。

 親父が話していたと記憶していますが、校長にまでなった先輩教師の話で、「戦前とまったく違う教育方針を押し付けられた時に、それまで御国のために戦って死ぬのが正しいのだと教えて戦地に送り出してきた生徒たちに申し訳無い」と終戦後に自殺した人がいたということでした。

 そんな戦争の悲惨さを聞いて育った上に、具体的に戦争の怖さを実感する機会もありました。

 それは、“原爆”です。

 天草は長崎に近いために、長崎で原爆の被害を受けた人も少なくありませんでした。隣の家の小母さんも、子供の頃は普通に優しい人でしたが、私が高校生になったくらいに精神疾患になられていて、その理由が「若い頃に原爆の被害を受けたからそのせいだろう」ということでしたが、長い時間をかけて心身を蝕んでいく原爆の恐ろしさを実感させられたものでした。

 だから、私は、戦争だけは断じて嫌なのです。何が嫌か? 自分の意志を剥奪されて殺し合いをしなきゃいけない。

 私は見かけと違って実際はかなり喧嘩好きですし、格闘技の試合など見ていると興奮して身体が動いてしまうような本能的な戦闘好きなタイプです。

「そんなに日本刀を集めていたら、人を斬ってみたいとか思いませんか?」と聞かれたりしますが、正直に申します。なります! 私はそんな変態です。

 何の恨みもない人を殺したいとは思いませんが、人を殺そうと思ったことも二回はあります。まっ、実行しなかったから、こうして生活できている訳ですが。

 けれども、いくら喧嘩好きであったり戦闘マニアであったりしても、直接の恨みも憎しみもない相手をいきなり殺せるでしょうか? ましてや、「あいつは敵だ。殺せ」と命令されて殺すなんて、とてもできないし、嫌です。

 仮に「あいつを殺さないとお前を殺すぞ」と脅されたとしても、私は嫌なことは絶対にやりたくありません。むしろ、そんな命令をするヤツを殺すかもしれません。

 つまり、私は他人に命令されるのが我慢ならないのです。暴力をちらつかせた権力に従わされるのが嫌なのです。

 戦争はその典型でしょう。だから、絶対に嫌なのです。


 だから、この番組は、やるせなくて、悲しくて、空しくて、でも、どうする力もないし、ただ、「人間はどうしてこんな馬鹿な戦いを繰り返すんだろう」と思うばかりで、二の句が告げなくなってしまいました。

 アフガンと言えば、私が親しくさせていただいている日子流の田中光四郎先生は、ムジャヒディンとして旧ソ連と戦っていました。

 しかし、その当時の戦闘状況とは大きく様変わりしているようです。


 ロボット兵器を導入するアメリカの論理は、「アメリカの兵士に犠牲を出さない人道上の配慮」だというでしょう。

 が、爆撃で殺される人達の人道上の配慮はそこにはまったくありません。爆撃の被害を受けているのはタリバンより一般のアフガンの民の方がずっと多いと聞きます。

 つまり、アメリカの正義は敵と見做す者の何倍も何十倍も多くの犠牲を出す単なる大虐殺でしかない。

 私は、ルパン三世第二シリーズの最終話『さらば愛しきルパンよ』でのロボット兵器ラムダを思い出してしまいました。SFアニメの話が30年後には現実になってしまったということです。

 対して、アフガンは貧しい国であり、麻薬の生産が現金収入となることから、構造的に紛争地域から脱却することができないでいる。

 この国の背景に某かの大国の思惑がからんでいないとは思えないのですが・・・。


関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索