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特別講習会と猫見会?感想

 5/4(木)は、千代田メイプルホールの稽古時間を変更してGW特別講習会を開催しました

 申し込みが少なかったので、どうなることか?と思っていましたが、前日、一気に参加申し込みがあって、会員ばかりでしたが、そこそこの人数で開催できました。

 月例セミナーだと3時間でワンテーマですから余裕をもってやれるんですが、今回は2時間で0インチ打撃化勁・ハイスピード打撃・蛟龍歩・そして零勁斬りもやるので、一工夫が必要でした。

 要するに、“実戦のケースに合わせて混ぜて教えた”のです。

 昨年から今年にかけて游心流のオリジナルの戦闘法を形成するように指導してきているんですが、その過程で、いわゆる“気”とか“心法”に関するオカルト的に受け止められかねない要素は思い切って省いて、科学的に解説できる領域でシステム化することに決めました。

 どうしてか?というと、そうしないと“感覚主導”になってしまい、“盲信”や“信仰”の対象になってしまい、社会性を失ってしまうと思った訳です。

 実際に、10年前に破門にした元会員達は“気の感覚主導”で追究した結果、言動が完全にオカルチックになってしまい、まっとうな社会常識を喪失していました。

 注意しても聞かなくなっていたのですね?

 これは気功でいう“偏差”であり、禅でいう“禅病”であり、精神医学でいう“統合失調症”であり、簡単にいうと“心のバランスを取れなくなって幻覚と現実の区別がつかなくなっている病態”であったと私は判断した次第でした。

 例えば、「酒やジュースの味を変える」「雨雲を散らして雨を止める」「幽霊を祓う」といったことを公の場で大声ではしゃいで吹聴してしまうのですが、これではまともな神経ではないという印象を周囲に与えるのが確実です。

 まだ、会の仲間内だけで愉快にやっている分にはシャレということで罪がありませんが、外部に向かって声高に主張したら精神病院行きですよ?

 実は、この分裂騒動の最中に、やはり気の感覚がある手技療法家の会員がいて、彼は自分がそんな能力があるということはおくびにも出さずにいたんですが、私は困ってしまって相談したんですね。

 そうすると、「長野先生がブレずにいれば、そういう人達は自然に離れますよ。何の心配もありません」と言ってくれたので、随分、助かりました。

 その経験があったので、先の花見会でのある会員の軽薄そのものの言動に対して重大な問題があると考えた訳です。

 これらの“病態”と、昔から言われている“霊能”との違いは何か?という点に関しては明確な区別はない訳ですが、私個人の見解としては「幻覚と現実の区別がつくか?」「社会常識を守れるか?」の二点であり、この二点を失っていたら、いわゆる“病態”と判断することにしています。

 ただし、これは私個人の判断基準であって、恐らく社会一般的には「すべてが病気か、あるいは虚言を弄する詐欺師」と判断されるであろうと予測しています。

 特に、弁証法的唯物史観による科学的認識(マルクス主義社会科学)を絶対のものと信じる人にとっては、霊的・神秘的・宗教的・スピリチュアリズムに関しては激烈な否定論者(例・上岡龍太郎とか大槻教授とか松尾貴とか)が存在するので、オカルトに関する発言は一般ピープルならば“不思議ちゃん”扱い、私のような専門家ならば“オツムテンテンの人”扱いされるのも覚悟してでないと迂闊に言えない訳ですね?

 で、日本は恐らく世界中でも特に弁証法的唯物史観の教育が成功して国民に広く浸透している国だと思われますから、オカルト発言者に対する排他的対応が激しい!

 特に霊能者の料金体系は非常識に高額なのが常ですから、一度、詐欺師のレッテルを貼られるや、魔女狩りのごとく四面楚歌になって社会から抹殺されてしまうのが特徴です。

 そうやって潰されていった人を何人も知ってますよ。

 有名な事件だと、『リング』の元ネタになった福来友吉博士と御船千鶴子の千里眼事件がありますね? 千里眼能力が評判になったもののインチキ詐欺師扱いされた千鶴子が自殺した事件・・・。

 真実がどうか?ではなくて、メディアが一斉にインチキだと糾弾すれば弁明の余地は無くなって“希代の詐欺師”とレッテルを貼られてさらし者にされてしまうのです。


 ところが、実は日本は世界でも有数の霊的文化の伝統を持つ国なんですね? もともとは・・・。

 だから、宗教に対しては驚くほど寛容でしょう?

 他の国ならすぐに宗教対立から戦争に発展したりするところですよ。

 でも、日本は古来から神道・仏教を中心に様々な宗教が伝承されてきています。キリスト教だって、景教(ネストリウス派キリスト教)が古くから入っていたといわれますし、密教はゾロアスター教(拝火教)の影響だと考えられていますし、明治以降の様々な新宗教は政財界の有力者との結び付きも強く、また党派を越えた「日本会議」のような結社も誕生しています。


 でまあ、何が言いたいのか?と申しますと、武道や格闘技、ダンスなどから武術に関心を持つようになった人達は、「“身体技術”にしか関心が無く、文化的社会的背景をまるで知らずに“技術”にのみ耽溺してしまっていて社会的見地が致命的に欠落している」ということです。

 これは数千に達する武道・格闘技・ダンスなどの実践者と接した上での感想ですが、専門にやっている人ほど、自分の専門外の事柄に関してはびっくりするほど無知で、非常識と言えるほどに常識知らずな人も珍しくありませんでした。

 普通にサラリーマンとかやっている人なら、「これは危ないな~」と踏みとどまるところが、閉じられた世界観の中でずっとやってきた人は“世間知”というべきものが育っていないので、そのまま突っ込んでしまうのです。

 大麻事件でバッシングされた元女優も、まさにそうでしょう?

 良く言えば“純粋”なんですが、それは、“無菌室で育てられたような純粋さ”で、“疑うことを知らない単細胞な信者タイプ”なので、容易に騙されてしまう訳です。

 世間では、“マルチ商法”とか“霊感商法”に引っ掛かる人は「騙される方が馬鹿なのだ」と見做されるもので、普通は同情されませんよね?


 私の世代で武術から入った者の多くは、精神世界とセットで学ぶのが当たり前のようなところがありました。

 これは、松田隆智先生がGIグルジェフの信奉者で、青木宏之先生はオショー・ラジニーシを敬愛していた・・・という点に象徴的でしょう。

 私はブルース・リーが敬愛していたジッドゥ・クリシュナムルティーにはまって学生時代は宗教哲学系の本ばかり読んでいましたが、視点が偏るのは良くないと思って、芸術・映画・健康法・手技療法・教育・社会運動などに関して実践研究していました。

 もちろん、武術は好きでずっと続けていましたが、強くなるという目的よりも文化的背景を研究することの社会的意義を直感して研究してきて、それが最終的に目的化したと言うべきかもしれません。

 私は知的好奇心とか探究心が並外れて強いらしく、謎に触れると解明したくてウズウズする気質なんですね?

 だから、様々な武術の秘技を解明することに熱中できたのだと思いますし、いろいろな分野に手を出してきたのも自分の中では別々のことをやっている意識が無かったからだと思います。

 事実、いろんな体験知が集積されることで謎の解明に役立っている訳ですから・・・。

 作家になれたのも、今考えると必然的ですね?

・・・というか、これしかできない。

 外に金を稼ぐ手段が無かっただけなんですよ・・・。


 余談が過ぎましたが、講習会は相当な成果がありました。

 特に、歩法は何人かの会員が、見る見るうちに体得していましたが、これは私が今まで教えた中でも数人しかできるようになった人がいないくらい難しいんですよ。

 いきなりやらせてできる道理がないんですが、日頃から地道に練習している人だから、ちょっとコツを教えただけで体得できたんでしょう。

 この歩法とハイスピード連環打撃を組み合わせ、0インチ打撃を使えば、スピード・テクニック・パワーの三位一体攻撃となります!

 これは護身術としての後の先ではなく、先の先で自分から攻撃していって一方的に倒すためのもので、これまで具体的に公開していませんでした。

 これは攻撃力は高いんですが、コントロールが難しいので危険だからです。

 本当は、この先に、発勁を連発するやり方もあるんですが、これは初心者にやらせれば身体を壊すのが確実なので、流石に講習会で教える訳にはいきません。

 私は、武術は即、使えるものでないと意味がないと思っているので、地道に訓練を何年も重ねないとできないような技術体系にはしていません。

 しかし、だから否定している訳ではなくて、日々の稽古の積み重ねによって身体を練ることの成果は確実にあります。

 例えば、立禅や這いはそうなんですね?

 私自身はもうほとんどやっていませんが、それは日常生活の中で練るやり方を工夫しているからです。

“型が大切”なのは、初心者から中級者向けの話であって、いつまでも型に拘っていてはダメです。

「これが正しい」というのは単なる思い込みです。

 例えば、ある先生が「釈迦の悟りはまだ達していない。その先がある」と言っていたそうですが、同様のことは青木先生も言っていました。

 が、その後、「いや~、釈迦の先の悟りがあると思ったんだけど、お釈迦さんも気づいていたんじゃないかな~? まだ、先があったんだよね~(苦笑)」と言ってました。

 結論から言えば、お釈迦さんが自分自身で残したものは無い訳です。

 すべて弟子が「お釈迦様はこう言っていた」と伝承しているだけ。

 つまり、嘘かも知れない訳ですよ。

 お釈迦さんと呼ばれる人物も実在しなかったかもしれない?

 実際、ヒンドゥー教では釈迦及び仏教はヒンドゥー教の一派に過ぎないと見做しています。

 あるいは逆に、釈迦が悟った内容について言葉を尽くして弟子に伝えようとしたけれども、弟子は悟っていないから上っ面しか解らない。

 だから、不完全にしか伝わってこなかった・・・。

 まあ、これが真相に近いのではないかな~?と私は思う訳です。

 もともと、悟りというのは言葉で伝えることができないから自分で悟るしかない訳で、だからクリシュナムルティーなんか、「瞑想しなさい」としか言わない訳です。

 岸田秀の唯幻論なんかもそうなんですが、言葉は共通言語でないと通じないし、価値観やイメージを共有している人間同士の“共同幻想”によってコミュニケーションが成立する面がある訳ですよ。

 それは宗教であったりイデオロギーであったり、所属意識や党派観念であったりするんですが、要は趣味道楽好みに理屈つけただけなんですよ。

 だから、私なんか、美意識とか思想とか口にする人間が胡散臭くって気持ち悪いんですよね~? 大体、こういう連中って言行不一致ですからね~。

 凡人は、権威ある人間が言っていることだから・・・と疑いもせずに信用してしまうものですが、こんなの単なる奴隷根性ですよ。

 私は、青木宏之先生や松田隆智先生に対して、常に尊敬の気持ちを持っていますが、信仰心は全然ありません。

 だって、権威を尊敬しているんじゃないからですよ!

 武術の腕前を尊敬しているのか?

 いや、それも違いますね。

“生き様”ですよ!

 青木先生も松田先生も自分に真っ正直に生きていて嘘が無い。だから、尊敬しているんです!

 今、気づきましたけど、私は嘘つかない人間が好きなんですね? 裏表のある人は嫌い。真っ正直に生きてる人間が好き!

 本当にカッコイイと思うのは、自分のダメなところや欲望や変態っぷりも隠さないでバーンッ!とさらけ出してしまえる人ですよ。

 武術も捨て身にならないとダメですから!

“捨己従人(おのれを捨てて人に従う)”ですよ!

 で、最後にやった零勁斬りも、上手くやろうとか「できるかな~?」と不安に感じたりする邪念があると失敗するんです。

 無念無想でエイヤッとやらないと失敗するんです。

 何人か成功しましたよ。

 で、成功した人は三段認定しました。

 試し斬りの良さは、迷いを切り捨てる心理効果がありますね。切れるか切れないかという結果が明確に出るので、意識転換が簡単にできます。

 依頼心を切り捨てることにも繋がります。

 剣術には“祓い太刀”というのがありますが、意識転換に最も役立ちますね?


 講習会の翌日は、小塚師範宅にて“猫見会”をやりました!

 今回はカヅコも積極的におもてなししてくれまた。猫はゴロゴロ腹出して転がるところがカワイイですよね?

 さっ、私もベストセラー出して、猫ビル建てるぞ~っ!


追伸;今回の講習会の模様はDVD化しますので、御期待ください!

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ほびっと村感想

 四月三十日の西荻窪ほびっと村学校は、奇しくも川越から女性会員のUさんと、『武術のコツ』収録DVDに参加してくれたSさんが久々に来られて、楽しく催せました。

 今年のほびっと村の講座は、游心流合気道に絞ってやっているので、基礎錬体の後は合気揚げをやることにしているんですが、もちろん、私が普通にやらせる道理もなく、合気揚げの中に0インチ打撃の要素を加えてみたり、擒拿(チンナ)術の要素を入れたり、いろいろ実験しています。

 合気揚げ一つとっても、逆技の応用・伸筋技法・脱力技法と大まかに分けても三種類くらいに大別できますし、これに各団体の特徴的な要素を加えて分類していけば何十種類にもやり方が変わります。

 つまり、教える人の個性が加わって変化していくので、たとえ同じ先生に習った者同士であっても、年月が加われば変わっていくのが当然のことだからです。

 そして、武術的に言えば、“効けば何でもいい”のであって、“厳格なる正解”というものは原理的に存在し得ないのです。

 もちろん、“技術論としての正解”は各流儀各団体に規定されている訳ですが、技術として正しくとも武術の勝負論からすれば実際に通用しない技術は無価値になる訳です。

 つまり、武術の存在理由である戦闘術として通用しない技術は、いかに精妙であっても絵に描いた餅になってしまうということです。

 今回、興味深かったのは、Sさんがユーチューブで見たというある武術家?が実演している不思議チックな合気技?の原理解析を実施したことでしたが、後ろから両肩を握られているのを吹っ飛ばすのか?と、肩で体の合気をやっている動画だったのか?と思ったところ、そうではなくて、後ろから肩をスルッと摩るようにすると相手が尻餅をついてしまうというものだった様子です。

「ええっ? それって、もしかして、こういうこと?」と実演して見せたら、「それです!」とのことでしたが、これって、軸を傾けて(僅かに後ろに引いて)、下に落とす(合成力)という、技というより単なるコツでしかなかったので、私は呆れてしまいました。

 ちょうど、甲野氏の平蜘蛛返し?と同じ原理でしかなかったんですが、ただ立っている人を後ろに尻餅つかせるだけですから、やり方教えたら、一瞬で誰でもできる程度のコツなんですよね。

 現に、参加者全員でやらせたら、冗談みたいにかかります。

「へぇ~、~野さんって、こんな程度のことを秘技みたいに見せかけて実演しているのか~?」と、逆に感心してしまいましたよ。

 こんな素人騙しの手品みたいなことやって、武道がどうたらこうたら偉そうに説教できるような強心臓は私は持ち合わせがありません。

 小学生が昼休みに遊ぶような演芸(頸動脈圧えて気絶させるとか、昔、問題になりましたよね?)ではありませんから、そういう代物ばかり金取って教えているような人達と同類だと思われるのは我慢がなりませんよ!

 有り難いことに、最近は世の中ナメてるような武術愛好家はうちには全然来なくなり、真面目に武道に取り組んできたけれども年齢を重ねて実力の衰えを感じている人がヒントを求めてこられる例が多く、そういう真摯な人達に応えることがやり甲斐です。

 どんな流儀も万能ということはありません。必ず弱点があります。

 逆に考えれば、だから進化できるんですよ!

「俺のやってることが最高で、完璧だ」と思っている人は、そこで終わります。

 私が信仰は敵だ!と思っているのは、信仰することで自己完結してしまうからです。

 世の中には物凄い絶技を持っている人はいます。

 しかし、所詮、人間には人間の限界というものがありますよ。

 だってね~。今現在の世界終末に直結しかねない様々な危機を、その人が解決してくれるんですか?

 せいぜい、この世の法則から離れて解脱するだけでしょう? そんなの自己満足で現実逃避でしかないっていうんですよ。

 かつて超人と言われた肥田春充は、人間とは思えない神業をいろいろやって見せながらも、瞑想で見た人類終末のビジョンに対して、「自分は人類を救うことができない」と無力な自分に絶望して絶食の果てに死にました。

 肥田春充が超人的な人間だったのは事実だろうと思います。しかし、それでも人間は神様ではないのです。

 東日本大震災の大津波に遭遇した人達は何を思ったでしょう?

 世界の終末を思ったのではないでしょうか?

 世界の終わりと自己の死というものは表裏の関係にあります。肥田春充は哀しみの果てに自らの死をもって世界の終末を先に味わおうとしたのかもしれません。

 だから、自殺とは違うんでしょうね? 祈るような気持ちだったのではないか?


 かと思えば、自分の変態的欲望に振り回されて人を傷つけるサイコパスも増えているような印象がありますね~?

 で、狙われるのは身体的弱者ですよ。

 パワハラ、セクハラ、DVも当たり前・・・そんな世の中、最後に頼りになるのは自分の力だけ?

 女性や老人くらいだったら護身術教えれば大丈夫だと思っているんですが、過日のリンちゃん殺害事件のような場合は何ができるだろう?と、今、考えているところです。

 あれ、本当に酷いですよね~? まだ確定していない段階で断定的なこと書いてはいけないんでしょうけど、見守り隊の隊長が犯人でした・・・って、ホラー映画みたいな話ですよ。

 やまゆり学園の事件もそうですが、まさに悪魔の所業です。

 抵抗する力の無い人間を物のように扱う神経が狂っているとしか言えません。

 もし、こういう人間が権力者になったりしたら、どれだけおぞましい行為を働くだろうか?と想像すると、やっぱり教育の問題を考えるしかないようにも思いますね。

 うちの会にも、過去、自惚れて礼節を弁えなくなった人間が何人か出て破門してきましたが、人間だから自惚れるなっていうのも無理な話なんですよね~。

 私だって自惚れて増長した時期はありました。でも、失敗を繰り返して謙虚さを取り戻すことになりましたよ。

 結局、謙虚さというのは自分を護るための処世術なんですよね。

 不必要に卑下したりしたら嫌らしくなりますが、演技でもいいから必要な要素ですよ。

 もっとも、私は結構、洞察力がある方なんで、中途半端に演技したり、表に出さないようにしていても見破りますから、気質的に傲慢な人は、むしろ最初から隠さないほうが「性格は問題があるけど正直なヤツだな?」と好感を持つ場合もありますけどね。

 だけど、大抵の男(女性は好きなタイプでない限りは鋭いからすぐ見抜きますよ)は洞察力ありませんから、演技でいいから謙虚そうに振る舞ってください! それが身のためですよ。

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緊急、特別講習会開催!

 23日の本部稽古会で試し斬りもやりました。

 兵庫からSさんが土(橋本支部)日(本部道場)の稽古に参加して来られたので、めったに教えられないので、零勁斬りの練習も兼ねてお教えしようと思った訳です。

 長く脱力技法を研究してきて、それを剣に応用したところ、0距離打撃と同じ原理の零勁斬りが体現できた訳ですが、Sさんは50過ぎからうちの純粋培養で他流経験がありませんでした。

 なので、脱力技法を最も体現できていたんですね。

 私も普通にできるようになったので、ちょっと難しい技に挑戦しようと逆手零勁斬り上げに挑戦したんですが、九割り斬れましたが失敗しました。

 北島師範もほぼできたんですが、惜しくも切断には至りません。栗原師範も今一歩。

 ところが若手のIさんは簡単にできてしまい、Sさんも最初は失敗しましたが、再挑戦は理想的な脱力っぷりに豆腐を斬るみたいに切断に成功しました。

 この日は経験者ほど失敗してしまった訳ですが、これは無意識に力が入ってしまったからで、何も考えずにスルッとやれば斬れる?ということが実証できましたね。

 年齢聞いたら64歳になったそうで、地元では健康太極拳を習われていますが、化勁に関してはかなりの実力になっています。

 Iさんは四段、Sさんは三段を認定しました。

 そんな簡単に段やっていいの?と思われるかもしれませんが、試し斬りを修行している人なら、この技がいかに難しいか解ると思います。フォロースルーを一切やらずにマキワラに刃をくっつけている位置から急加速させて斬る訳ですから・・・。

 これができれば、原理的に0距離打撃も簡単にできる?んですね。

 ところが、驚いたことに・・・Sさんは、太極拳の動きでO距離打撃をどうやって出せるのか?と質問してこられたので、ちょっと焦りました。

 DVD買われているから、解ると思っていたのです・・・。

 実地に教えて、やっと納得されていましたが、これはやっぱり実地に教えないと伝わらないのかもしれないな~?と思いましたね。

 そんな訳で、急遽、特別講習会を開催することにしました!

 5月4日(木)、午後一時から三時。相模原市千代田のメイプルホールにて、0距離打撃と化勁、鞭手連環ハイスピード打法、蛟龍歩、零勁(寸勁)斬りを指導します。

 現時点に於ける游心流の極意技法の集中講習会で、参加費は会員は一万円、それ以外の方は一万五千円にします。

 二万円にしようか?と思ったんですが、遠くから来られる方は交通費もかかりますから、このくらいに留めておこうと思い直しました。

 ほびっと村(こちらは三千円で護身武器術をやります)の直後ですが、GWの特別講習会として実施したいと思います。

 ちなみに、稽古会の時に北島師範から聞きましたが、橋本稽古会に来ている会員さんが「長野先生、本当にメッチャ速かったですよぉっ! 全然、見えなかったですぅ~! 肩甲骨から動くってやって見せられたのがムチャクチャ動くからビックリしました~!」と絶賛していたそうでございます。

 ふっふっふ・・・正直、スピードと打撃力とテクニックは自信あるんですよ~。ふっふっふ・・・。

(調子に乗って、すいませんでしたっ・・・)

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『ザ・ゴリラ7』がやっと見れた!

 昔、見たTV番組で、もう一度見たいな~?と思っている作品には、『新十郎捕り物帖・快刀乱麻』と、この『ザ・ゴリラ7』がありました。

 最近、スマホでググッてみたら、『新十郎捕り物帖・快刀乱麻』がありまして、やった~?と思っていろいろ読んでみたところ、何と、最終回以外は映像が残っていないのだとか?

 むむ~、残念・・・。

 しかし、最終回だけ見逃していたので、これだけでも見れたら御の字ですよね?

 この番組自体も面白かったんですが、テーマ曲が非常に素晴らしい! でも、どうも市販されていないらしい。

 でも、ネットで聴けたので、感動しましたよ~。

 本当に良い時代になったな~?

 頼むから戦争とか起こらないでね~?


 さて、もう一つの見たかった番組『ザ・ゴリラ7』ですが、こちらは東映チャンネルで放送されましたよぉっ!

 現代スパイアクションみたいな作品でしたが、千葉ちゃん主演でエッちゃんや治郎さんも出てるJAC初期の傑作アクションドラマでした。

 で、楽しみにして初回放送を見たところ、ゲストに、伴直弥、池田駿介、成川哲夫が出ているではないですか?

 特撮マニアなら判るでしょう?

 つまり、アラーの使者(千葉ちゃん)、ビジンダー・マリ(エッちゃん)、インターポール捜査官滝(治郎さん)に、キカイダー・ジロー(伴さん)、キカイダー01・イチロー(池田さん)、スペクトルマン・蒲生譲二(成川さん)が揃っていたという訳!

 もうね~、特撮キチガイの私としては、妄想力全開でしたよ!

 一頃、リアルなばっかりの刑事ドラマが主流になって、つまんねえな~?と思っていたんですが、最近は、70~80年代のムチャぶりアクション物に回帰しようとしているかのように、アクションに力を入れている作品が増えてきて、楽しくなっていたんですけど、『ザ・ゴリラ7』はそんな作品の原点的なドラマだったと言えると思います。

 まあ、警察じゃないみたいで、スパイ組織みたいな感じなのかな~?と思いますが、
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意識の転換が結果を左右する

 どうも、ここ何年か、「懸命に武道の修行を積むことが本当に実力の向上に繋がるのだろうか?」という疑問が膨らんでいます。

 私自身、何年も、いわゆる練習らしい練習をまったくやっていません。立禅すら、せいぜい一分くらいしかやりませんし、筋トレの類いは徹底的にやっていません。

 しかし、居合とか杖術とか手裏剣とか、そういうのは練習し始めると結構やってしまったりもするんですが、それも型の稽古みたいなことはやりません。

 型稽古というと、せいぜい、簡化24式太極拳と八卦掌の走圏をやるくらいで、これもメイプルホールで生徒が誰も来なかった時に独り稽古でやっている程度です。

 汗をかくほどの練習もやっていないのです。

 それで十年くらい?

 普通に武道に取り組んでいる人だったら、完全にOUTだと思うでしょう?

 でも、一日十時間も汗だくになって血尿が出るくらい必死で頑張っていた頃より、今のほうが遥かに実力は上がっています。

 無論、多くの武道修行者は私と同年代になっていても毎日汗だくになって練習しているのだろうと思います。

 そういう必死で練習を続けていることをステイタスにしている先生も多く、「練習しない=怠けている=修行者失格」という強固な認識を微塵も疑っていないからです。

 私が練習らしい練習をしなくなったのは、始めた当時に時間が無くなったという点もあったのですが、脱力技法を研究しているうちに、練習すればするほど下手になる?という悪循環に気づいたからでした。

 つまり、ついつい余計な力が入ってしまって技が成功しなかったのです。

「力を抜かなくてはいけないのに、力を入れる練習ばかりすれば、下手になるのは当たり前だよな~? いっそ、練習しなければどうなる?」と考えて実践してみた訳です。

 最初は、相手の攻撃力に打ち負けては元も子も無いと考えて、ついつい力を入れてしまっていたのですが、例のグデングデンに酔った状態での手合わせで、重心力の真の威力に気づいて、徹底的に脱力して完全に相手の攻撃力を受け止めないで流し崩す“化勁”を磨くことに徹した訳です。

 その結果、太極拳や合気道の戦闘原理を理想として追究してきました。

 副産物的に達人しかできないと言われていた数々の技が、脱力技法によってほとんど再現できることを発見し、「まったくの素人にもできる!」と実証することで、武道の世界で金科玉条となっている考え方に疑問を提示する反骨的快感に浸ってきました。

 私にはそもそもの信仰心がありません。

 何も信じていませんから、疑ってかかることに対する倫理的束縛がありません。

 これは研究家にとって必要不可欠の資質であり、私にとっては技の優劣、流派の優劣、個人の優劣などすべて無価値であり、何が正しくて何が間違いか?という区別すら意味がないというニヒリズム的理解をしているのです。

 これは若い頃にジッドゥ・クリシュナムルティーが好きで著作をかたっぱしから読んでいた影響でしょう。

 武道好きには思想だの美意識だのに拘りを持つ人が多いのですが、彼らの根本には自己崇拝があります。その代償としての憧れの師範への過度の熱愛や憧憬があります。

 根本が自己崇拝ですから、実力が上がって憧れの師範を超えた?と自認(大抵は錯覚)した時に自我意識が肥大して誇大妄想狂となり果ててしまう例が多くあります。

 このタイプの人達に共通するのは、「いかなる人間も自覚のある無しに関係なく何らかの思想信条によって行動原理を支配されている」という自己認識を他者に押し付けたがるという点です。

 無思想、無信条である人間というものの存在を認めたくないのです。

 何故なら、そんな人間は自らの誇大妄想を洞察してしまうからで、つまりは自身が構築している権威主義的思想の正当性を共有してくれないからです。

 どういう意味かと申しますと、特定の宗教を信仰している者にとって、それ以外の宗教の教えは間違いであり、間違った信仰は否定されるべきだ・・・という独善性があるということです。

 私には信仰心がありません。

 だから、他人の信仰心に干渉する気もないのです。

 お解りでしょうか?

 私が流派の優劣論争だの強弱論争だのを無意味だと認識しているのは、私はいかなる対象にも信仰心を持っていないからなのです。

 けれども、過剰に批判したりするのは何故か?

 それは、自分の信仰心に過ぎないものを、これが正しいんですよ!と広めようしている人達の阿呆さ加減を指摘してやりたいからです。

「ヤボなことをするな! それはお前の誇大妄想に過ぎないんだよ?」と指摘してやりたいだけ。だから、私と同様に、信仰に過ぎないと自覚している人には文句を言わないんですよ。

 松田隆智先生や青木宏之先生は、ちゃ~んと解ってらっしゃいましたから、私も安心して本音で話せた訳です。

 信仰心の強い人だと、勝手に敵愾心を燃やして私を貶めようとするので長続きしませんね?

 武道の世界では信仰心の強い人が圧倒的に多いので、私のような考え方の人間は目障りで仕方がないのでしょう。

 即ち、自分が長年、「これが正しいのだ!」と信じて疑わなかったことを根底から揺るがすような“自分の信仰を脅かす悪魔”のような人間に思える訳です。

 無論、これは信仰心の強固な人間に特有の“被害妄想”です。

 精神病理として考えると、非常に危ないタイプで、ちょっとした弾みで簡単に社会規範を逸脱してしまうような人間です。

 ところが、そういう歪んだ精神構造だからこそ、一定以上の水準に達することができた?という現実もあります。

 つまり、歪んでいたり危ない精神だから強い?という大変、困った現実がある訳です。

 シンガーソングライターを滅多刺ししたストーカー男は柔道を、相模原で戦後最多人数の殺傷事件を起こした犯人も格闘技をやっていた・・・という事実がある。

 この連中は明らかに自己肥大した神意識の持ち主で、選民思想のようなものがあったのでしょう。だから、あのような残忍な事件を平然とやれた訳で、惜しむらくは、彼らに教える立場の人達が、何故、そこを見抜けなかったのか?ということです。

 私は、競技スポーツの弊害であろうと考えます。

「競技者として強ければいい」という認識しかないから、本人の人としての精神面の欠陥を放置したのだと思います。

 私が入会希望者やDVD購入希望者をたまに断ったりするのも、人として他者に対する時の言葉や態度を重視するからです。

「こういう言葉を用いれば相手がどのように感じるか?」と予測して言葉を選ぶのが社会性のある人間ですから、まずはそこを観察します。

 つまり、基本的な礼儀作法を弁えているか?という“常識”の有無。

 私は常識の欠けている人間に武術を教えるのはキチガイに刃物持たせるようなものだと思いますから、初対面で非常識な態度の人には教えません。

 しかし、その“常識”を意図的に駆使して人を騙そうとする狡猾な人間もいますから、そこを更に洞察していく力も養う必要があります。

 10年前の分裂騒動の時も、私は半年間、観察し続けました。そして、彼らには私に対する敬意は失われており、自分達の方が上だという優越意識が認められたので、最初はその優越感を満足させるために“独立”を提案して体よく追い出しましたが、「破門された」と第三者に告げ口しているのを確認したので、「あ~、体面を保ってあげようとしたのに、そういう被害者ヅラするんだ? だったら御希望通り、破門にしましょう!」と破門宣告した・・・という次第です。

 私は性格優しいですよ? でも、ある一線を超えたらためらわずに斬ります!

 必要とあらば、いつでも捨て身になれる! それが宮本武蔵の言う“巌の身”であり、修行者として範とすべきだと思っています(まあ、これは趣味ですよ)。

 日頃の言動というのは、その人の基本的考え方が反映されますから、注意していれば相当に多くのことが洞察できます。

 これは、“武術の読み”にも直結することです。

 この点に関しては、戸隠流忍法を習った時に野口先生に教わったことが多かったと思いますし、後に友寄先生からはかなり厳しく言われましたね。

 伝統的な武術家は、技よりも、このような心得について非常に重視しているものです。

 だから、私も技とか実力よりも心得がどの程度なのか?という点を、まず観察します。

 で、本当にできる人は、微塵もそれを感じさせないものですね? 武道家でござい!と宣伝して歩いているような人は論外ですね。

 現実は残酷なものです。

 有名な空手の師範がバスの割り込みした者を叱ったら、ナイフで刺されて即死したとか、全米空手チャンピオンが小学生に拳銃で射殺されたとか、クラブマガのインストラクターが喧嘩に巻き込まれてナイフで刺されて死んだとか、柔道家が引ったくりを取り押さえたけど「許してください」と言われて放してやったら隠し持っていたナイフで刺されて死んだとか・・・こういう話は腐るほどありますよ。

「自分は強い」と思っているから、油断して弱いはずの者に殺されてしまった訳です。

 日本プロレスの父である力道山がヤクザにナイフで刺されたのが原因で死んだという事実もあります。

 だから、私は技だの力だのはあんまり評価していません。その人が武術家としての心構えをどのくらい体現できているか?を評価しますね。

 極端に言えば、顔を見ただけでわかりますよ? 威圧するような険しい顔している人はダメですね。戦闘意欲を表面に出していたら相手も反応しますからね?

 でも、専門誌の取材なんかでは、強そうな顔をしてくれって注文出したりしますからね~? 本人の意志じゃないかもしれないから、表に出ている情報だけでは判断できませんけどね・・・。

 あっ、それと誤解する人がいるので解説しておきますが、「組手もやらずに強くなれるはずがない!」と言う人が随分といらっしゃるんですが、私は勝つことしか考えていないので、逆に「組手になったら勝てないでしょ? 確実に勝つには、いかにして相手の技を封殺して何もさせないようにするか? 相手に技を出させて自分も技を繰り出して、どっちの技が速くて強いか?で勝負を決するのは競技の考え方であって、武術の戦闘理論は徹底的に自分が一方的に勝つためだけの理論なので、原則的に騙し討ちにするのが鉄則です!」と申し上げておきます。

 だから、「老人でも子供でも非力な女性でも屈強な男に勝てる!」と主張している訳で、「勝つためには、正々堂々とまともに戦ってはいけません。相手を油断させ急所だけを狙い、できれば、一発で殺せる強力な武器を使いなさい!」と言う訳です。

 このような考え方を「卑怯だ」と非難する者は真の戦闘のなんたるか?を一度も考えたことのない“平和惚け勘違い人間”です!

「組手、実戦的、強さ」を主張する人達って、同じ条件で競うことしか想定していないし、圧倒的に相手が自分より強い場合を考えていません。

 負けたら死ぬという絶対の危機を想定していないから、“強さ”を無邪気に論じられるのです!

 武道、格闘技に親しんでいる人はまったく疑問に感じない様子ですが、そもそも武術の源流は戦場で戦う“兵法”ですよ。

“兵法”というのは、いかに効率よく敵を殺すか?というものですよね?

 私が言わんとしている事柄を、よくよく考えてみて戴きたいですね?

 そうすれば、いかに自分が幼稚な平和惚けした考え方をしているのか?が解ると思いますよ。

 本当に、私は武道家を自認している人と話していて、情けなくなるというか、「こいつ、本当に頭悪いな~?」と、つくづく失望することが多いんですよね?

 ほら、北朝鮮とアメリカがいつ戦争はじめるか判らない時に、殴り合いの強いの弱いのと喜んで話している時点で「阿呆ですか?」としか言えないでしょう~。

 現実逃避していないで、意識を転換していかなくちゃ~生き残れない人類滅亡前夜に我々は生まれてきているのかもしれませんよ~?

「人類存亡の危機に臨んで、俺は一体、何ができるだろう?」って、嘘でもいいから言ってくださいよっ!

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教材DVD『化勁の極意』+稽古会ご感想_20170421

Q. 大阪支部の感想及び「化勁の極意」感想

長野先生

こんにちは。滋賀の会員の●●●●と申します。

「化勁の極意」のDVDを拝見致しました。応用技法を見て、回し 蹴りやローキックは、剛柔流での練習ではどうしても体を固めて止 めるやり方になってしまうので、柔らかくキャッチして流したり、 体を回して流したりする方法がとても参考になりました。関節技は 、空手の型分解やシラットの逮捕術で抑え込まれた時に活かせると 思いました。

化勁の基礎の横・縦ですが、これは4月16日の大阪支部の練習で 、三元試力の横・縦の動作で行えるという事をやりました。相手の 突きを流したり、威力を弱めてしまったりする事を初めて体験しま した。また、向き合った時に相手は顔や肩に意識が向いている場合 が多いから、この横・縦の動作を応用して相手に意表をついた動き が出来ると言われました。こういった事から空手等の組手でよくや るピシッとした姿勢は、ある方向から力が加わったら簡単に潰され る恐れがあるという事がわかりました。

他に行った練習ですが、ようしん歩から腕を振りながら突いたり、 独己九剣の1~3本目をやったりしました。 腕をブルッ振りながら突くと八鶴振身の突きになっていると言われ たので凄く驚きました。 独己九剣は素手の状態で制圧するやり方もやりました。

様々な事をやったり、 深く掘り下げたりしながら練習をしているので、 いつも非常に充実した練習が出来ます。 今後も通い続けていきます。



A. 八鶴震身ではなく白鶴震身ですね。

先日、大阪支部長から電話で報告受けたんですが、私が確認しないと本当に白鶴震身かどうかは判りませんよ。

纒絲勁を使った陳氏太極拳の突き技と混同しているようにも思えたので、今度、見せて下さいね!

ちなみに、白鶴震身は白鶴拳でも秘伝扱いされているので、そうそうできるものではありません。

骨盤を細かくぶるぶるっと震わせて、振動を指先まで伝導させる技術です。

似て見えても纒絲勁とは違いますので、専門に修行して体得した人間しか判別がつきません。

まあ、色々研究しながら練習するのは良いことですから、楽しくやってください!

長野



+++事務連絡+++

DVD『化勁の極意』コンテンツ
 ・化勁の基礎(骨盤の横回転・縦回転)
 ・閉気栽脈法(相手の力の伝導を分断する)
 ・推手(片手のやり方・両手のやり方・差し手を利用した応用法)
 ・ワカメ体操(新体道養気体訓練の応用法・対多人数)
 ・剣術(続飯付けの応用法)
 ・ナイフ取り(受け流しながらしっかり取る)
 ・ピストル取り(銃口を避けて取る)
 ・関節技からの逆転(小手返しからの逆転・肘取りからの逆転)
 ・蹴りへの対応(ミドルキックの威力を柔らかく吸収しながらキャッチしての蹴り脚固め・ローキックの威力に逆らわず回転して流す)

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零勁斬りと見えない打撃

 15日(土)は、大阪在住の会員さんが個人指導を希望してこられたので、小塚師範も交えていろいろと雑談しながら指導しました。

ブログで書かれていた、目で見えないような速さの打撃というのを見せてもらえませんか?」とのことだったので、細かく解説しながら実演してみましたが、「長野先生、本当に全然、見えなかったですよ?」とビックリされた様子で、このくらい驚いてくれると、こっちも教えていて気分がいいですよね?

 相手の構えを打ち崩しながらババババッと鞭手を連発してみせて、「大体、今ので70%くらいの速度です。今は四発打ちましたけど、実際は掌打から背掌、前腕、肘打ち、一本拳に変化させながら最低でも5~6発は打ちます」と、やり方を説明しました。

 まあ、経験の無い人から誉められても大して嬉しくはないんですけど、並み以上の経験者が誉めてくれると嬉しいですよね?

兵庫支部長のキシさんが上手いから習うといいですよ」と言っておきました。

 フルコンタクト空手や何やら、いろいろ修行されていて某流儀では指導員をされているのだそうですが、やはり、御多分に漏れず緊張して力む癖があったらしいですね?

 私の経験上で言えば、武道経験者のほぼ100%が、力む癖があります。

 本当に脱力ができている人はプロのダンサーとか、ほんの数えるほどしかいませんでしたね。

 やっぱり、戦うとなると無意識に緊張してガッチガチになってしまいます。よほど精神的に余裕がないと戦う時に脱力するなんてできないんですよ。

 ダンサー系の人がすぐ脱力できるのは戦闘の怖さを知らないから・・・という要素が大きいでしょうね?

 しかし、本当に達人とか名人と呼ばれるくらいの優れた武術家だったら、実戦に際しても脱力できる筈です。

 プロの格闘家でも熟練者はリラックスして余計な力みがありません。伸びのあるしなやかなパンチやキックで相手をKOするシーンとか見ると、「あれっ? あんなので倒れるの?」と疑問に感じた経験のある人も多いんじゃないでしょうか?

 見た目に強そうなのと、実際に効くのは別なんですよ。チョコンと突いて相手がバタンキューとなるのは、重心力打撃の特徴で、打った本人も力感が無いので「え~っ? 嘘でしょ?」と信じられなかったりするんです。

 私も、20代半ばの頃、初めて寸勁を体得した時、ポンッと打ったら、サンドバッグがドバ~ンッ!と跳ね上がったのでビックラこいたものでした。

 以来、30年近くなりますが、本人は体得しているのに自覚がないという人が何人もいて、最近は、「サンドバッグ打ってみなさい」と打たせて、どのくらい威力が出ているのか確認してもらって納得してもらうようにしています。

 いちいちキックミット持って、打たせていたのでは受けた会員に後遺症が出たりしかねませんからね。

 実際、北島師範小塚師範は、後から後遺症があったと報告してくれましたが、威力が後ろに抜けるように打っても、体内に残ってしまったりするんですね。

 最近は会員には「サンドバッグ打ってどのくらい威力が出ているか確認すればいいよ」とお勧めしています。

 で、0インチパンチは力んでいたらまったく打てませんからね。伸筋繋げて打つことはできますが、前腕、肘、肩、背中、腹なんかで打つには、重心移動の力が必要です。

 うちの戦闘理論は、0インチ打撃ができないと絵に描いた餅になって「あんなのオカルトオタクのタワ言だ!」と最強格闘マニアから馬鹿にされてしまいますからね。

 逆に、力み癖が取り除けさえすれば、瞬間に技能がガラッと変わって向上します。

 この日もサンドバッグ打って確認してもらったんですが、触れたところからバシーンッとサンドバッグが弾けることで、あ~、こんなに威力が出ているんだ・・・と納得してもらえた様子でした。

 この確認作業が、なかなか難しかったのですが、サンドバッグを置く以前は、最も良いのが“寸勁斬り”であると思って、実施するようになったのですね?

 これは正確に力の方向がブレずに、真っすぐ通らないと成功できませんから、確認のために良いのです。

 力が足りなかったり方向がずれたりすると切断できませんからね。

 この日も寸勁斬りを教えてくれということだったので、マキワラを準備しておきましたが、最初は失敗したものの、結果的には二回成功したので、游心流二段を認定しました。

 この辺は経験者だからこそ、脱力のコツを飲み込むのが早かったですね。

 小塚師範は零勁斬りに挑戦し、最初は八割りくらい斬れていたので再挑戦。マキワラの斬る位置を低く指定してやってもらったら、あっさり斬れました!

 私が散々、苦心してやっとできるようになった技を、いとも簡単に体得してしまったので、あんまり嬉しくないな~?と、ちょっと拗ねちゃいましたよ~(苦笑)。

 恐らく、北島師範もやらせればすぐに体得できるでしょう。先日の寸勁斬りは、限りなく零勁斬りに近かったので・・・。

 しかし、一度できてしまうと、難しいと思っていた技も当たり前にできるようになるもので、一つの段階にいつまでも拘っていてはいけないというお達しかな?と思います。

 この日は、高い交通費を使って遠くから、わざわざ来てくれたので、なるべく多く教えたいと思って、質問にどんどん答えるようにしていたんですが、頭がパンパンになってしまったそうで、一通り実演解説して終了しました。

 関西の人は本音を素直に話してシャレっ気もあるので、私は大好きですね~! どうも、関東の人は本音を隠して調子を合わせるだけの人が多くて、信用できない人がいます。

 これはますます、大阪でセミナーやらないといけないな~?と思いました。


 翌日の日曜稽古会は、久々に鹿沼公園で花見しながら桜の樹の下で練習しました!

 桜の花びらが舞い散る中で、鞭手連環打法を細かく解説しながら練習させました。

 とにかく、見えない打撃というのは、「物理的に単純に速くて見えない」というのと、「予備動作がなく無駄な動きがないので見えにくい」というのと、「相手の視界から外れているので見えない」、「視覚には映っているのに意識に反応しないので結果的に見えていない」というくらいの種類があります。

 武術では、これらの要素を複合的に用いて、敵(相手)に反応させないまま、こちらの攻撃を命中させることを求めます。

 強いとか弱いとかという基準で判断できない理由が、この辺りにある訳です。

 
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秋本先生初著書『どんなに体が硬くてもペターッと前屈できる本』

秋本先生初著書『どんなに体が硬くてもペターッと前屈できる本
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 健康雑誌で有名なマキノ出版から謹呈本が贈られてきたので、「あれっ? 俺はマキノ出版さんとは関係ないけどな~?」と思いつつ、開封しました。

 すると!

 何と!

 秋本つばさ先生の著書ではないですかぁっ?

 少し前に著書を書いたと聞いていたんですが、私は秋本先生が関係しているベースボールマガジンから出るものとばかり思っていたんですね~。

 でも、恐らくマキノ出版から出た方が広がりがあるんじゃないかな~?という気がしますね?

 スポーツ関係よりも健康関係の方が需要がありますから。

 確か、以前に「秋本先生も本出すといいですよ」とアドバイスした記憶があったんですが、いろんな資格を持っている秋本先生ならではのシンプルで解りやすい構成で感心しましたね~。

 しかも、体質別に分けてストレッチ・メニューを解説しているところが、そんじょそこらの本とは根本から違いますね~。

 モデルも秋本先生自身がすべて演じていて、衣装も変えたり、実にきめ細かく実用解説書として工夫してあります。

 昨年、つばさ基地のアクションパーティナイトにお誘いして紹介した『デボラがライバル』『プラトニックセックス』『ダンボールハウスガール』などの映画の松浦雅子監督は、秋本先生を一目見て、「う~ん、できる・・・」と、剣豪みたいなこと言っていましたが、この本を見せたら何と言われるかな~?と思いましたね。

 素晴らしいっ!


 それと、話は変わりますが、東映チャンネルで『ハイキックエンジェルズ』を見ましたよっ!

『仮面ライダー・アマゾンズ』にも出演し、過日のアクションアワード2017にも出ておられた宮原華音さんのデビュー作で、子安慎悟先生が出演しているということで、ドキドキして見ました。

 冒頭、何となく、懐かしいような気がしたんですが、何か『セーラー服忍者』と作風が似ている?と思いましたよ。

 ただ、ガールズアクションとしては完敗だ・・・と思ってしまいました。グッスン。とても、ここまではできませんよ・・・。

 やっぱ、西監督のアクションへの拘りには、ながせき監督では太刀打ちできないかな~?と、そんなことも考えてしまいましたけどね。

 で、宮原さんのライバル的仲間で出演している青野楓さんの長~い脚でのキックも良かったんですけど、何か痣だらけになっているのは、マジで打ち合ったせいなのではなかろうか?と思うと、西監督、相変わらず鬼ですな~?と思いました。

 私的には、高田馬場の書店で話しかけられた経験がある子安先生の演技にドキドキしながら見たんですけど、ずっと無言で一言もセリフがありません?

 やっぱ、芝居経験が無いとそうならざるを得ないよな~?と、『セーラー服忍者』で同じようなポジションを演じた私は、一人、納得したのでした・・・。

 でも、ベニー・ユキーデとジャッキーとの対決を思わせる青野さんとの対決シーンでは子安キックも見せてくれて、やはり存在感はピカイチでしたね!

 しかし、痛そうだな~?

 何か、主題歌がどっかで聞いたことがあると思っていたら、『北斗の拳2』だったかの主題歌なんですね~?

 自主映画っぽい雰囲気が逆に可愛らしい作品ですね?

 えっと、それと、5月21日だったか? 岩槻映画祭で『セーラー服忍者』が再上映されるそうです! うちの会の千葉さんも初監督に挑戦した『面影』という短編作品を出してますので、宜しかったら是非!

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子供が好きって言えない?

 最初にはっきり申しますが、私は子供が苦手です! はっきり言って、好きじゃありません。

 そもそも、あまり人間が好きではありません。

 可愛いと思うのは子猫とか子犬とかで、人間の子供が可愛いと思ったことはほぼありません。

 基本、人間嫌いなのは、私が趣味に没頭するタイプで他人に邪魔されたくないからでしょうね?

 だから、友人は多いんですけど、それは趣味が合う人だからで、趣味が合わない人とは口を利くのも嫌なくらいなんですね。

 趣味が合う人なら老若男女関係なく話が合います。ずっと趣味の話だけしていられますからね。

 でも、それは好きとか何とかいう感情ではありません。

 楽しい話を共有できる人という認識ですね。

 こういう性格なんで家庭人には向いてないですよね? 結婚したいとか子供が欲しいとかいう普通の人間の感情が全然ないんですよね。

 よく、独りでいたら寂しいだろう?と言われたりするんですが、他人と一緒に暮らしたらものすごくストレスを感じそうなんで、嫌ですよね?

 私は孤独を楽しめる人間なんで、孤独に趣味に没頭している時間こそが至福なんです。

 根っからの自由人タイプなんで、何の制約も受けずに好きな趣味に没頭して生きていられたら、それが一番の理想なんですよ。

 他人から「あ~しろ、こ~しろ」と言われるのが一番、嫌い!

 だから、普通に勤め人とかできないのも気質的な問題なんですよね。病は気からで、体調も悪くなるんですよ。

 子供が嫌いというのも、子供は煩わしいじゃないですか?

 猫好きなのは、猫はエサやって撫でてれば文句も言わないし、必要以上にベタベタしてこない奥ゆかしさがあるからですよ。

 犬も可愛いんだけど、ちょっとベタベタ過剰に甘えてきたり、キャンキャン吠えてうるさいし、散歩させたり手間がかかるし・・・やっぱり猫が好き。

 自分の子供なら可愛いと思うものだ・・・とも言われるんですが、いないから何とも言えません。

 兄貴の娘が小さい時は甘えてきたりしましたけど、やっぱり煩わしいという気持ちがあって、可愛いとはあんまり思わなかったですよね?

 そんな具合なんで、映画に参加した時に、ながせき監督や千葉さんが子供好きと言うのが理解できなかったんですけどね。

 特に、女の子だと下手に頭撫でたりしただけで変態ジジイ扱いされそうで怖いでしょう? 最近は・・・。

 高校生以下だと気、使いますよ。

 で、最近、気づいたんですけど、私は対等に話のできる相手でないと嫌なんだと思いました。

 人を上から目線で見るのに自己嫌悪を感じてしまうんですよ。

 猫好きなのもそのせいなんだと気づきました。

 猫は人間を主人だと思ってないですよね? 岩合さんもそう言ってるし・・・。


 リンちゃんを殺した容疑者が保護者会の会長だったというニュースを見て、唖然となりました。

 デイブ・スペクターがピエロの格好して男子児童を襲って殺していた猟奇殺人犯の話をしていましたが、確かに似ていると思いました。

 ロリコンの有名人なんて宮崎駿やチャールズ・チャップリンとかざらにいますけど、犯罪おかさなきゃ~趣味の話なんで問題ありません。

 ドルヲタのオッサンなんかもキモいとは思うけど、犯罪おかさなきゃ~非難される筋合いではありませんし、彼らの存在で多くのアイドル業界が成立している経済的理由があるんだから、感謝されても非難される存在ではない訳です。

 私なんかも武器マニアで日夜、より効果的な人殺しのテクニックを研究しているマッドな性癖の人間なんですが、犯罪おかさない限りはオッケーなんですよ。

 この事件の容疑者も、単なる子供好きなだけのロリコン親父だったら何の問題もなかったんですよ。

 けれども、犯罪やったらいかんのです!

 相手の嫌がることを暴力的に強制し、その上、殺害に及んだとすれば、それはもう別次元の問題なんですよ。

 子供が好き・・・という言葉の裏側にある異常な欲望を制御できない人間は、反社会的な存在でしかありません。

 そういう人間はどうしたらいいのか?

 社会から放逐されるしかないんですよ。

 つまり、終身刑か死刑・・・これしかない。野獣死すべし!ですよ・・・。

 人間の条件というのは、理性で本能を制御できることです!

「本気で強くなりたいと思うなら、一時的にでも社会性を捨てるくらいの覚悟が必要ではないか?」と考える人間が武道を愛好する者には少なからずいますが、こういう考えは人が人として生きていくために“守るべき一線”を理解できない愚者の考えです!

 たった一度でも一線を越えてしまった事実が公になってしまったら、その人ばかりか、その人の周囲の人達にまで取り返しのつかない悪影響を及ぼしてしまうのです。

 その怖さを考えていれば、絶対に、こんな馬鹿な意見は口にできない筈です。

 つまり、考えが甘いんですよ。浅薄なんですよ。頭が悪いんですよ。幼稚なんですよ。世間知らずなんですよ・・・。

 でも、武道やっている人間には腐るほどいます。こういう考えを平然と口にするお馬鹿さんが・・・。

 専門的に追及する覚悟として自分自身で自問自答するのなら理解はできるんです。

 しかし、それを絶対に他人に対して口にしてはいけないんです。

 だって、言い換えれば、犯罪おかしてもオッケーなんだって言ってるんですよ。理性で制御できなくなるくらい本能に任せろって言うのは、そういうことです。

 そして、そうすることが崇高なことやっているんだと勘違いしていやがるから始末が悪いんですよ。

 オウム真理教の地下鉄サリン事件はそうやって起きたんですよ。彼らは神の視点に立っていたから、平然と犯罪をおかしたんです。

 実際は飛行機で東京上空からサリンを撒く計画だったそうですね?

 人を上から目線で見て、弱い者を強い者が蹂躙しても構わないという考えが犯罪を生み出す訳です。

「強くなる」って何なのか? 何のために「強くなろう」とするのか?

 はっきり言って、自分が他者より優位に立ちたいからですよ!

 だから、強くなりたいんですよ!

 権力者が民衆を奴隷のように扱うのと何の変わりがあるのか? 原理的に同じです!

 この本質を理解していれば、「強くなろうと思うなら・・・」みたいな下品な考えを口にできますか?

「恥を知れ!」と言いたい。

 私が武術を実践研究しているのは、強くなるためではありません! 強い力で蹂躙しようとしてくる人間を撃退する“戦いに備える戦略・戦術・戦闘理論”と“具体的な武器”を使う必要性を感じているからですよ。

 戦う力が無い人間が、一方的に暴力の犠牲にされる状況を脱するカウンター理論を研究している訳です。

 とにかく絶対に勝ち残るために必要なことをやる!

 それが私の研究している武術であり、それは生き残るためのサバイバル術なのです。

 TVや新聞のニュースとか見れば、「どっちが強いの弱いの」と呑気に論議をしている場合ではないくらい世界が壊滅しかねないような危機的状況に向かっているというのに、全然、他人事だと思ってる。

 こんな輩は脳みそが腐っているとしか言えないでしょう?

 武道愛好家に限って、「こいつら、危機意識とか無いのか?」と思うような幼稚なことばっかり言ってるし、阿呆丸だしで自分は強いとか思ってる訳ですから、恥ずかしい!

 こんな物凄い馬鹿な連中の同類と思われたくないですよ。

 本当の意味で強いというのはどういうことなのか?

 それは、弱い人達を助ける強さでしょう?

 ウルトラマンがゼットンに負けたからと言って、ゼットンを崇める人がいますか?

 いや、いるんですよ。そういう馬鹿が・・・。

 ただ、強ければいい。極悪人だろうが何だろうが、強くさえあればいいんだ・・・と考える馬鹿はいるんですよ。

 事実、武道界で問題が有ることで有名な人物を、ただ強いというだけで評価したりしてましたよね~、○○君は・・・。

 やっぱり、理性がちゃんと働いていないんでしょうね?

「本音を正直に言って何が悪いんだ?」と言うやつもいたな~?

「お前の頭が悪いんだよ」って答えましたけどね。

 一線を越えない。自分を律する。

 これが本当の意味での修行だと思いますね。

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DVD『化勁の極意』

 最新作化勁の極意』、柔道やっている人が申し込みされる率が高いですね?

 確かに柔道には応用しやすいと思います。

 今の柔道は筋力で技をかけるのが当たり前になっていますが、これだと年齢を重ねると辛くなる一方です。

 以前、柔道の道場をやっている年配の方とお話した時、腰痛持ちで受け身とるのも辛いし、若い者と乱取りするのは体力的に続かない・・・と本音をこぼされていました。

 それで、筋肉に力を入れて対抗することをやめて、脱力して“いなし”、返し技を主体にすることをアドバイスしたんですが、その後、楽にやれていると御礼状を戴いた記憶があります。

 その時に実演して背負投げや体落とし、大外刈り、内股などをかけてもらって潰すコツをお教えしたんですが、随分、ビックリされていましたね。

 でも、タネを明かせば、技をかけようとする瞬間は力の方向が一点に集中するので、その方向を、ほんのちょっとでもずらしてやれば嘘みたいに簡単に潰せるんですよ。

 この事実に気づいている人は非常に少ないですね。力を集中すればするほど、実は隙だらけになってしまうのです!

 だからこそ、力を抜いて重心操作で相手をいなすという化勁の技術は年齢重ねても熟練していけるのですね?

 そもそも、「柔道」という言葉そのものが脱力することを極意なのだと示唆している訳ですよね?

 まさしく化勁と相性が良い!

 もっとも、実は剣道、合気道、空手道、杖道など、何にでも応用が利きますし、ボクシングやキックボクシング、総合格闘技、ブラジリアン柔術などにも隠し味的に使うことができます。

 数年前に、現在はブラジリアン柔術の女子世界チャンピオンになっている、りかっくまさんが来られた時、腕力は強くないのですが、相手の力を働かなくする化勁の技術を天然で気づいて使われていることが判ったので、「僕が教えることは何もないですね~?」と苦笑いしてしまったことがありました。

 その時はまだ日本チャンピオンだったのかな~? でもトップになる人というのは常識とされている練習法以外のことまで研究するものなんだな~?と思いましたし、その後、世界チャンピオンになられたのも納得でしたね。

「俺が教えてやった」と言いたいところですが、実際はな~んにも教えていません! りかっくまさん本人の努力と研究の賜物ですよ。


 今回のDVDは、いつもと比べると売上は宜しくないんですが、化勁というのは味の素みたいな万能調味料みたいな働きを武道や格闘技にもたらすものなので、本当は最高に役立つんですけど・・・結構、価値が判らない人が多いのかな~?と、思いますね。

 案の定、システマとの類似性を指摘する意見もあったんですが、DVD中で明言しているように、主な参考にしているのは新体道のワカメ体操なんですよ。

 それと太極拳ですかね~?

 化勁で崩して発勁でトドメを刺す?みたいなイメージを最初は私も持っていたんですが、どうも違いますね?

 化勁だけで相手は自滅してしまうので、わざわざトドメ刺す必要もないのです。

 また、発勁も、相手を化勁で崩しているからこそ完璧に食らわすことができる訳ですし、熟練すれば発勁の中に化勁が、化勁の中に発勁が融合してくるような感じになります。

 例えば、鞭手打法を使う場合も、会員がやるとペチペチッとなるのですが、私がやると、一発目で相手がガクッと崩れる・・・つまり、弾勁の中に化勁が交じっているのです。

「触れたら勝てる!」と私が豪語しているのも、触れた状態で相手の重心を奪う化勁を会得しているから、自在に0インチ打撃を打ち込む自信があるからなんですよ。

 これも、人間は重心が崩れていると力が半減してしまうというキネシオロジーの理論を応用しているからです。

 だから、逆に、自分が重心が崩れた状態でも戦えるにはどうすればいいか?と考えたりもして、結果的に酔拳の戦闘法を応用した訳ですが・・・。

 普通、何か有効な理論に気づいたら、それに沿って技を考える人が大半なんでしょうが、私は「逆もまた真なり!」と考えて、正反対のやり方も研究するのが癖です。

 その上で、どっちが有効性が高いか?と考えてきています。

 筋肉を鍛えてパフォーマンスをアップしようという運動理論も間違いではありません。

 しかし、だれもが思っているほど効率的ではないし、効果が出るまで時間がかかり過ぎます。

 そして、結局は力と力の対抗戦になってしまい、そうなると体格や体力に左右されてしまい、子供や老人、女性は屈強な若い男性には絶対に勝てないという結論になります。

 私自身、30歳前まではそう考えていました。

 筋肉も並み以上に鍛えていましたから、腕や脚も結構太くて筋肉質なのに驚かれたりしますし、「実は筋力でかけているんじゃないですか?」と疑われたりします。

 だから、脱力技法を体得するまでは相当に苦心したんですよ。

 信じていないと本当に脱力したりできないですよ。相手がマジでキックやパンチしてきたのを脱力したまま受け流すなんて、達人中の達人しかできないのでは?と思っていたからです。

 でも、四十を過ぎ、五十を過ぎて、体力そのものがガクッと落ちてくると、筋力に頼れなくなるんですよ。

 そこで初めて、真の脱力技法の威力に気づいた訳です!

「ええ~っ? こんなに威力が出るの?」と、ビックリしましたもん。

 普通はガンガン打ち合っても大丈夫なものなのに、ポンッと発勁一発で相手がぶわ~んっと吹っ飛ばされたり、ヒョイッと化勁しただけでべっちゃ~んと潰れてしまったりするのです。

 何じゃ~、こりゃあ?という感じの、あまりにも圧倒的な威力で鉄人のように強いと思っていた相手がヌイグルミみたいな軽さで吹っ飛んだり潰れたりしてしまうのです。

 神秘の気のパワーだとでも思うしか納得できないでしょうね?

「あ~、そうか? これは重心移動の問題なんだ」と気づいて理論化してからは、人に教えて体得させることも容易になりました。

 神秘武道の仕組みを解明できた訳です。

 だから、私はあくまでも普通の言葉で誰もが理解できるように教えることを追究したいですね。

 そうしないと、いつまでも怪しいものだと偏見を植え付けるだけだし、無知な人達が奉ってカルト団体化してしまう危険性があるからです。

 この前、仁平師範の伝承する刀功門について武術としては非常に価値ある貴重な門派だと思いつつ“普及すべきでない”と断腸の思いで批評したのも、社会常識を破壊しかねない要素があまりにも濃過ぎたからなんですよ。

 仁平師範も若いからオウム事件の時のスピリチュアル業界が危険視された時代を知らないので(当時、ヨガや気功のサークルがどんどん潰れた)、オカルチックな言説がどれだけ社会の潜在的圧力を高めてしまうか?という恐ろしさを丸っきり解っていません。

 彼の周囲の人達も、手放しで称賛するばっかりで、少しも冷静なアドバイスをしようとしない。いや、できないのでしょう?

 無責任に煽るばかりで、既にプチ・カルト宗教化しそうな勢い・・・。

 この際ですから、はっきり明記しておきますが、游心流はオカルト禁止です!

 私は作家や研究家としてオカルトには拘わりますが(現にあるものは否定しない)、それを一般に普及するのは、どうやっても害悪にしかならない(偏見と盲信を広めるだけ)と考えています。

 だから、游心流の理論からはオカルト的な理論(気功的神秘主義的な理論)は除きます!

 世間的に怪しい団体だと思われてしまうのはマイナスにしかならないでしょう?

 それに、10年前くらいに分裂騒動が起こった時とまったく同じような振る舞いを無邪気にはしゃいで大石さんが暴走していたお花見会を見ていて、「これは厳しく禁止するって言うしかないな~?」と、悲しい気持ちになりましたよ。

 オカルトは楽しいんです! 百物語や稲川さんのイベントは人気があるじゃ~ないですか?

 私だって、大好きなんですよ。

 でもね。オカルトの世界観で世の中を生きていくことはできません! 見えない世界を語るのはアリだけれども、見えない世界を見えるものとして普及することはできないのですよ。

 それをやったのがオウム真理教であり、その結末は反社会テロリズムだったという現実をしっかりと認識しなければなりません!

 オカルトとは隠秘学と訳しますね? 公にしてはいけないんですよ。

 山口敏太郎さんはオカルトはプロレスだと言っていますが、そういうシャレっ気のあるエンターティンメントとして扱うのが健全なんだと私も思いますね。

 広義のサブカルかな~? メインストリームではないからメジャーにはなれないし、してはいけないんですよ。

 これは余談ですが、4スタンス理論って鳥居先生に習ったものなんだそうですね?

 出自を隠して普及するというのは随分、失礼な話だとは思っていたんですが、「いいや、待てよ~? もしかして、そのまま出したらオカルト理論的過ぎてメジャーになれないと考えて、わざと簡略化した理論にしたのかもしれないな~? ビジネス展開を考えたら、それが賢いやり方だよな~?」と考え直しました。

 普及するということは、できるだけシンプルにした方がいいんですよ。

 ほら、180度開脚ができるというだけの本が100万部突破したでしょう?

 あれやこれやとネタを提示するより、これだけやればオールオッケー!と言い切ってしまう方が売れるんだ・・・という話を聞いたことあります。ヒットの法則ですね。

 じゃあ、私もやるかぁ~?

 脱力すればいいんじゃあ~~~~!!!(何か、ヤケクソだな~?)


+++事務連絡+++

DVD『化勁の極意』コンテンツ
 ・化勁の基礎(骨盤の横回転・縦回転)
 ・閉気栽脈法(相手の力の伝導を分断する)
 ・推手(片手のやり方・両手のやり方・差し手を利用した応用法)
 ・ワカメ体操(新体道養気体訓練の応用法・対多人数)
 ・剣術(続飯付けの応用法)
 ・ナイフ取り(受け流しながらしっかり取る)
 ・ピストル取り(銃口を避けて取る)
 ・関節技からの逆転(小手返しからの逆転・肘取りからの逆転)
 ・蹴りへの対応(ミドルキックの威力を柔らかく吸収しながらキャッチしての蹴り脚固め・ローキックの威力に逆らわず回転して流す)

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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